ドイツには独特のワインづくりやブドウ品種がありますが、そのほとんどは冷涼産地であることに起因します。
他の地域にみられないワインの特徴や法律を深堀りすると、寒い地域ならではの工夫が非常に興味深い。
昔からの熱狂的なファンが多いだけでなく、若い世代の台頭も著しい産地から目が離せません。
どの国のワインが好きな人も、その特徴と適したシチュエーションを知って、選択肢に加えるべきがドイツワインです。
ドイツワインの全体像
「ワインの生産国といえば?」という問いに対し、一般の方が思い浮かべる国。
まずはフランスで、イタリア、スペイン、アメリカがあたりが続き、ドイツはその次くらいじゃないでしょうか。
OIV(国際ブドウ・ブドウ酒機構)の2023年最新の生産量推定によると、ドイツの生産量は8位。
フランスの1/5程度で、栽培面積としては1国でボルドー地方とほぼ同じです。
この生産量もあって、多くのワイン売り場で何かしらのドイツワインを見かけます。
統計でみるドイツ
面積 | 約36万㎢(日本とほぼ同じ) |
人口 | 約8400万人 |
一人当たりのGDP | 約5万4千ドル |
通貨 | ユーロ |
ベルリン | ベルリン |
(Wikipediaに基づく情報)
ご存知の通りドイツは2度の世界大戦の中心国でした。
その関係もあってか、ヨーロッパでトップを争う工業国です。
一人当たりのGDPは日本より高く、最も豊かな国のひとつといっていいでしょう。
つまり人件費は高いはず。
にもかかわらず、日本には割と安価なドイツワインも多く輸入されています。
いくつか理由が考えられます。
東欧諸国などからの移民を安い労働力としている。
平地の畑における栽培の機械化。
加えて確度の高い情報ではありませんが、国内の農業保護のためけっこうな補助金が出ているそうです。
数字で見るドイツワインの全体像
ドイツワイン全体の生産量は、2022年の値で8.9mhl(ミリオンヘクトリットル、1億リットル)で世界第9位。
それに対して栽培面積は103,000haで、世界第13位。栽培面積で順位を落とすのは、中国やトルコなど食用ブドウの生産が多い国が上位にいるから。加えて国内製造ワイン、つまりブドウ果汁を他国から買ってつくるワインも少なからず含まれるからです。
それに対して輸出量は約1.2mhlほど。単純計算では7.7mhlも国内消費していることになります。
ドイツはワイン生産国としてだけでなく、ワイン消費国としても非常に重要です。
輸出相手国として日本は、金額ベースで第9位です。
ドイツの気候
ドイツは冷涼な大陸性気候。雨は全体として少な目です。
その理由は緯度が高いから。ドイツのワイン産地はおよそ北緯48~52度の間。50度付近が中心地です。
それだけ緯度が高いので地表を温める日照は弱く、また内陸部であるため夏と冬、昼と夜の寒暖差が激しい気候です。
冷涼な気候のもとでは、いかに春の霜害のリスクを回避し、いかに熟したブドウを収穫できるかが品質のカギを握ります。
長い歴史の中でブドウ品種の取捨選択やどこに畑を拓くかの選択は、その狙いをもってなされてきました。
お医者さんはドイツワイン好き?
「お医者様の中にはドイツワイン好きが多い」
そんな噂をまことしやかに聞いたことがあります。
ドイツは戦後医療先進国でした。日本の医療もドイツを参考に発展してきたはずで、専門書はドイツ語のものが多かったと聞きます。
ドイツに留学してワインを飲むようになり、日本でも飲んで贈り物にする人が多かった。一人当たりの消費金額が大きいのもあるでしょう。だから「ドイツワインが好き」を通り越して「ドイツワインしか飲まない」という方が少なからずおられるのでしょう。
ただ、おそらくその傾向は結構上の世代の話。現在比較的若い世代の方については特にそんな傾向は感じません。
よくある誤解!?「ドイツワインは甘い」
「ドイツワインといえば甘口ワイン」
おそらく40代以上の方にはそんなイメージを持たれる方が少なからずおられます。
そのイメージは誤解とも言えますし、正しい認識であるとも考えます。
かつては自然と甘口ワインが出来上がった
ドイツが甘口ワインで有名なのは、緯度が高く冷涼な気候であることと大きく関係しています。
ブドウが甘く熟すスピードは、同じ品種で比較したとき暖かい気候ほど早く、涼しい環境ほど遅くなります。ドイツのような冷涼な地域では収穫の時期はもはや冬。
発酵によりブドウ果汁がワインになるには、ある程度の温度が必要で、冷たすぎると発酵がストップしてしまいます。
かつては現代のような温度コントロールのできる発酵容器なんてありません。収穫が遅く冬までに発酵が終わらなければ、まだ糖分が残った状態で発酵ストップしてしまうこともありました。その状態で飲めば甘口ワインです。
こうして出来上がるのは、デザートワインのように濃厚に甘いワインではなく、スッキリさがありながらやさしい甘さの半辛口~半甘口です。そしてこのタイプは世界の他の地域に比べ、ドイツワインが圧倒的にバリエーション豊かです。
「かつては自然と出来上がった中甘口のスタイル」が伝統的にたくさん楽しまれてきたのです。
実は辛口ワインの方が多いワイン生産
現在ドイツワインの生産量のうち、辛口と中辛口の占める割合は約7割。(※1)
よって「ドイツワインは甘口」という認識は、正確なものとは言えません。
しかしながらその思い込みを持つ方は決して少なくないのには、理由があります。かつてはそうだったのです。
1つはかつての甘口ワインブーム。1980年前後くらいから2000年くらいにかけてでしょうか。世界的に甘口ワインの需要が非常に高かった時代がありました。その主要な供給源がドイツだったのです。
当時日本に輸入されるドイツワインは、より偏りがあったことでしょう。
しかしブームは過ぎ去るもの。甘いお酒・飲み物は多様化して、消費者の選択肢は増えました。そのうえ健康志向の強まりや食中酒としての使い方から、甘いお酒をガブガブと飲む人は減っていきます。
需要の変化に応じて甘口/辛口の生産割合も変化していったのです。
※1 ドイツワイン協会連合会のHPより。直接の統計データは見つけられませんでした。
近年増加する赤ワイン生産
近年は特に赤ワインの生産が増えています。
2022年の統計で、白ブドウと黒ブドウの栽培面積は68%と32%。およそ2:1です。
これが1980年のデータでは89%と11%でした。ほとんどが白ワイン用ブドウだったのです。
最も増加しているのがシュペートブルグンダー、つまりドイツのピノ・ノワール。40年でおよそ3倍に増えています。
「ドイツと言えば甘口の白ワイン」と思っていると、今トレンドとなっているワインを見逃してしまうかもしれません。
替えのきかない甘口ワインの産地
この数字を踏まえたうえであえていいます。
「ドイツと言えば甘口ワインだ」と。
辛口/甘口の生産割合が7割。ということは甘口ワインを3割もつくっているということです。年間およそ3.6億本です。シャンパンよりも多いんです。
これだけ甘口ワインをつくる国。それだけ需要があって消費されている国は他にありません。
生産量が多ければ品質が高いというわけではありませんが、競争があるのは間違いない。高品質な甘口ワインが手ごろな価格から豊富に手に入ります。
デザートワインも高品質ですが、極甘口ワインはボルドーのソーテルヌをはじめ他にもいろいろ選択肢があります。デザートワインほどは甘くないタイプとなると、ドイツワインの独壇場ではないでしょうか。
世界中で膨大な種類のワインがつくられる中、ドイツの甘口ワインは確かなアイデンティティーを持ちます。
世界的にも独特なドイツのブドウ畑
独断と偏見を多分に込めて言うと、ブドウ畑のある風景で最も美しいのはドイツのモーゼル川流域だと思います。(異論は認めます)
切り立った斜面に整然と並ぶブドウの畝。その畑と川のコントラスト。写真で見る分には良くても、畑仕事をすると大変なんてものじゃないです。
わざわざそこに畑を選択してきたことには、冷涼産地ならではの理由が詰まっています。
緯度が高いと太陽の角度が低い
冬の日差しは優しく心地よいのに、夏の日差しはジリジリ焼かれているように感じます。
その違いは外気温だけでなく、太陽の角度によるもの。日差しの角度が低ければ、同じ面積で受け取る日照量は弱くなります。
だから急斜面の畑を選ぶのです。平地の畑に比べて斜面の畑は効率的に日照を得ます。それはブドウの光合成を促し熟度が高まります。その効果はとりわけ南向きの斜面で大きい。
ブドウの糖度が十分に上がらず未熟だと、出来上がるワインはアルコール度数が低すぎるものに。酸っぱくて飲みごたえがない、青臭い風味のワインになりがちです。地球温暖化が進む前の栽培技術が低い時代は、いかに熟したブドウを得るかが課題でした。
安定して上質なブドウを生む畑だけが残されていき、今の形となったのです。
川が助けるブドウ栽培
寒い地域においてブドウの敵は霜害です。
春先にブドウが活動をはじめ、新芽が出た後に急に寒波に襲われることがあります。霜が降りて新芽が急激に凍ると、細胞組織が破壊されて新芽が死んでしまいます。
霜害があっても新芽はまた出てくるのですが、成長は遅れますし収穫量は激減します。だからなるべく霜害が少ない地形要因を持つ畑を選ぶことが重要です。
その一つが川などの大きな水の近くに畑を拓くこと。水は温まりにくく冷めにくい性質を持つため、周囲の気温変化を穏やかにします。だから川のそばの畑は、川から離れた畑に比べて最低気温が高く、霜害にあいにくいのです。
また冷気は盆地や窪地にたまります。斜面の畑は空気が流れやすいという点で、霜害にあいにくい地形です。
南部の地域を除き、ドイツのワイン産地は大きな川のそばに集中しています。
斜面の畑が広まったきっかけ
フランスとドイツ両国のワイン史に大きな貢献をしたカール大帝(742~814年)
フランス名をシャルルマーニュといい、その名はブルゴーニュのグラン・クリュ「コルトン・シャルルマーニュ」として残っています。
彼はラインガウ近郊の城に滞在時、ラインガウ斜面の雪解けが他の地より早いことに気づきます。
ここはより暖かく、より熟したブドウから上質なワインをつくれるに違いない。
ブルゴーニュをはじめ各地に畑を所有しワインを広めていたカール大帝は、そう確信しブドウを植えることを命じたのでした。
これがドイツにおいて斜面にブドウ畑が拓かれていったきっかけだと言われています。
甘いものが上級・・・ではないドイツのワイン法
ドイツワインはソムリエやワインエキスパートの勉強をするうえで、どうやら嫌われがちです。
1番の理由はドイツ語が口になじまず、用語の暗記が大変なこと。2番目は糖度による等級が分かりにくいことではないでしょうか。
ブドウ糖度による等級
ドイツの上級ワインはクヴァリテーツヴァインとプレディカーツヴァインの2つに大別されます。この2つは13か所ある認定地域のブドウでつくられるワインで、製法などの規定に違いがあります。
さらにプレディカーツヴァインは6段階の等級に分けられます。その違いは主に果汁糖度です。
果汁糖度の低い順に、カビネット ⇒ シュペートレーゼ ⇒ アウスレーゼ ⇒ ベーレンアウスレーゼ & アイスヴァイン ⇒トロッケンベーレンアウスレーゼ です。
注意しないといけないのは、これはワインの甘さではないこと。
カビネットやシュペートレーゼのクラスは完全発酵させて辛口ワインをつくれますし、アウスレーゼのやや辛口ワインもあります。必ずしも下のクラスより甘いとは限らないのです。
ドイツの品質等級について詳しくはこちらの記事をご覧ください。
冷涼産地だからこそ意味のある等級
上記のクラス分けは、ブドウが熟すのが難しいドイツだからこそ意味がある等級です。
温暖で気候の安定した地域、例えばオーストラリアのバロッサ・ヴァレーなどでは、いかに糖度が高いブドウを収穫するかは生産者の意志次第です。だって収穫を遅くすれば糖度は上がるから。それは上質でも希少でもなんでもありません。
ドイツで糖度の高いブドウを得ようとすると、乾燥によりブドウの収穫量は減ります。また雨による病気でブドウが台無しになるリスクも伴います。
だからカビネットよりアウスレーゼのワインが高価ですし、トロッケンベーレンアウスレーゼの極甘口ワインは数倍の値段がつきます。
ブドウ品種だけでなく、畑や糖度の等級、甘辛の表記があるので、ドイツワインの名前はともかく長くなりがち。敬遠される理由の一つです。
畑による等級が導入予定
糖度の等級が上がれば生産量が減るので価格は上がります。でも辛口ワインより甘口ワインが優れるわけではないですよね。
ベーレンアウスレーゼだからといって上質なワインというわけではありません。
何より美味しいワインに大事なのはブドウの品質であり、高品質なブドウは栽培条件のいい畑から生まれる。
その原則に立ち返り、ブルゴーニュに倣ったような畑の等級を導入して、ワイン法が改正予定です。2026年の施行を目指して調整中だそうです。
特級畑にあたる「Grosses Gewachus グローセス・ゲヴェックス」を認定。それにより辛口でも甘口でも、消費者はラベルから上質なワインを判断できるという狙いです。
グローセス・ゲヴェックスは生産者団体であるVDPが認定してきたものです。詳しくはこちらの記事で。
最低5種、できれば8種覚えたいドイツの土着品種
ドイツワインをブドウ品種からアプローチするなら、最重要は次にご紹介する5種類。次いでドイツらしさを感じる3種類です。
※栽培面積は%で表記します。ドイツの全栽培面積がざっと10万haですので、1%が1000ha相当と考えてください。
ともかく最初はリースリングから
ドイツワインとしてまず飲むべきはリースリング(Riesling)です。13の生産地域全てで栽培されています。
世界各地で栽培されているブドウですが、ドイツが原産と考えられており、生産量も世界最大。ドイツ内の栽培面積も23%ほどで1番です。
耐寒性に優れ、新芽が出るのが遅いため霜害にあいにくく、水はけのいい土壌を好みます。冷涼産地の斜面の畑で栽培するのに非常に適した性質です。
それでいて手頃な価格からたくさん選択肢があります。というのもドイツの気候ではリースリングは病気になりにくく、ブルゴーニュ品種などに比べて栽培に手間がかからないと聞きます。さらに単位面積あたりの収穫量をある程度増やしても(あまり間引きをしなくても)それほど品質が落ちないとのこと。
高級品が美味しいのはもちろんのこと、安くてもハズレにくいのです。
風味の特徴としては柑橘や桃、花などの繊細なアロマに、上品で高い酸味。辛口から甘口・スパークリングまで幅広いタイプがあります。
とても一段落では語り切れないので、詳しくはこちらの記事で。
赤ワインならシュペートブルグンダー = ピノ・ノワール
ピノ・ノワールの発祥はブルゴーニュ地方ですが、ドイツには800年以上前に持ち込まれて栽培されてきました。なので「シュペートブルグンダー(Spätburgunder)」という名称とともに、ドイツの土着品種の一つと考えられています。
シュペートブルグンダーは比較的熟すのが速い品種です。冷涼なドイツで黒ブドウをしっかり成熟させるのは、白ブドウよりさらに困難です。寒い環境でも熟しやすい品種が選ばれていったのです。
現在栽培面積は11%ほどと、リースリングに次ぐ第2位。価格帯は幅広くあるものの、安いものは相応の味わいなのできちんと選ぶべきです。
軽い口当たりと上品な酸味という点でブルゴーニュ産ピノ・ノワールの風味に共通点が多いですが、香りの質は違いを感じるものが多いです。私見ですが森の下草のような洗練されていない香りを多くのシュペートブルグンダーに感じます。
家飲み白ワインに欠かせない ジルヴァーナー
ジルヴァーナー(Silvaner)は熟しやすい白ブドウで、収穫量を多くしても品質が落ちにくい多収量品種。高級ワイン用というよりは、日常消費用ワインに用いられます。それもあって市場のトレンドが大量低品質から少量高品質にシフトするに従い、栽培面積を減らしています。
1970年対比で栽培面積は1/5ほどになり、現在は全体の4%ほど。
かといって飲む価値がないワインかというと違います。パーティー用途には活躍しませんが、日常消費用には手頃でハズレがない。
印象としては香りや味を地味にしたリースリング。酸味も少し穏やかで、派手さはないけど飽きのこない味わいのスッキリ白ワインです。
栽培面積世界最大 ヴァイスブルグンダー = ピノ・ブラン
ドイツで栽培面積の6%を占めるヴァイスブルグンダー(Weißburgunder)。「ヴァイサー・ブルグンダー」と表記することもあります。直訳するなら「白のブルゴーニュ品種」で、ピノ・ブランのこと。栽培面積はじわじわと増加傾向にあります。
風味の系統としては、柑橘や白い花の風味を持つスッキリ軽やかなタイプ。オーク樽熟成するかしないかで雰囲気を大きく変え、しっかり樽熟成したものはシャルドネに近い味わいです。違いを挙げるならシャルドネよりも華やかな花の香りが広がる傾向。
バーデンやファルツといった南の産地を中心に栽培されています。
栽培面積世界第3位 グラウブルグンダー = ピノ・グリ
グラウブルグンダー(Grauburgunder)、つまりピノ・グリも重要です。「グラウアー・ブルグンダー」と表記されることも。「ルーレンダー」という名称も使われていました。栽培面積で7.8%。イタリア、アメリカにつぐ世界第3位です。
桃や洋ナシのような風味を持ち、ヴァイスブルグンダーと比べてコクがあるのが風味の特徴。リースリングに比べて酸味は穏やかです。
それでも他国のものに比べると酸味は高い傾向にあり、まったりなめらかという印象は控えめです。
比較的手ごろなものが多く流通しますが、南部バーデン地方では1万円を超えるような高級なワインもつくられています。
ここまでの5品種は、日本にも多くのワインが輸入されておりいろいろ楽しめます。
続いての3品種は地元消費が多いのか、あまり多くの種類は見かけません。
かつて最もポピュラー ミュラー・トゥルガウ
ドイツワインのトレンドの変化を最も顕著に表しているのが、ミュラー・トゥルガウ(Müller-Thurgau)。「リヴァーナー」という別名もあります。リースリングとマドレーヌ・ロワイヤルという品種の交配で20世紀初頭に誕生し、生産性の高さから広く栽培されるようになりました。1975年には全体の27.5%とリースリングより広く栽培されていました。
しかしワイン生産が高級路線になるに従い栽培面積は減少。今では11%ほどにまで減りました。
ミュラートゥルガウも熟しやすい他収量型の品種。マスカットを思わせるようなほのかに甘い香りと軽やかでフレッシュな味わいが特徴です。シンプルで親しみやすいワインですが、高級な味にはなりません。
濃い色調と穏やかなタンニン ドルンフェルダー
黒ブドウが熟しにくいドイツでは、赤ワインの色が十分に色づかない問題がありました。その対策として色付けにブレンドされることがあったのが、交配品種として誕生したドルンフェルダー(Dornfelder)です。
日本であまり見ないわりには栽培面積は多く、7.1%。ドイツ内で黒ブドウでは第2位です。
渋味がほとんどないため甘口ワインに仕上げられることも多く、チョコレートのような風味を持つものが多いです。酸味も低いので、冷やして飲んでもいいでしょう。
飽きの来ない軽やかさ ポルトギーザー
かつては黒ブドウの主力であったものの、徐々に減ってきているのがポルトギーザー(Portugieser)です。現在栽培面積は2.2%。
こちらも地元消費用ワインによく使われる多収量品種。なのであまり品種の特徴的な風味について記載がありません。
赤いベリー系の控えめな香りと、軽やかで渋味の少ない味わい。シュペートブルグンダーよりも穏やかな酸味が特徴のように感じますが、あまりたくさんの種類は飲めていないので断言はしかねます。おそらく輸入されている銘柄は20種類にも満たないんじゃないでしょうか。
ドイツの13生産地域を概要だけおさえる
ドイツのワイン生産地域は13に分類されます。この地域以外でもわずかにつくられているようですが、上級ワインにはならず日本には入ってこないでしょう。
最も大きなラインヘッセンで約2.7万ha。最も小さなヘシッシェ・ベルクシュトラーゼで462haと、とんでもなく開きがあります。
これはそこで生み出されるワインの性質に違いがあるからこそ。生産地域が行政区分である州をまたいでいることもあります。純粋にワインによる分類なのです。
本記事では各地域ごとのかいつまんだ特徴と、その特徴を最も表したワインだけ紹介します。
モーゼル
フランスを源流としてライン川に流れ込むモーゼル川流域に広がる地域です。ちなみにフランスにも「モーゼル」という生産地域があります。
モーゼル川がうねうね蛇行して流れるため、流域に様々な角度の斜面を形成しています。その日当たりのいい斜面に多くの銘醸畑があります。
白ブドウの生産が90%を超えており、最重要は60%以上を占めるリースリング。低価格品から超高級品まで様々です。
他の地域に比べても特に甘口リースリングのバリエーションが豊かだと言えます。
「黒猫が乗った樽のワインが美味しい」という逸話で有名な「シュヴァルツ・カッツ」もモーゼル地方のワイン。
「ピースポーター」という名前が覚えやすいからか、この村のワインも昔から人気が高いです。
ラインガウ
ラインガウも白ブドウが8割ほどと白ワインの産地。リースリング比率が75%以上と最も高いのが特徴です。栽培面積自体がモーゼルの1/3ほどなこともあり、やや高級路線。モーゼルと比べると手頃なものは多くありません。
スイスから北上するライン川が、タウヌス山脈の硬い地盤にあたって西へと流れを変え、山脈を回り込んで北上する。その真南向きの大きな斜面がラインガウの中心地。もう少し東側にも畑は広がるのですが、銘醸畑は西側に集中しています。
甘口ワインもつくられていますが、流通している銘柄を見ると辛口リースリングが中心であるように感じます。
引き締まった緊張感のある酸味は、なかなか他の地域にないものです。
バーデン
ドイツで最も南にある産地バーデンは、ブルゴーニュ品種の王国です。ここでまず飲むべきはシュペートブルグンダー。バーデンの33%ほどを占めます。
ウィンクラー博士によるワイン産地の気候区分によると、ドイツでバーデンだけがブルゴーニュと同じリージョンⅡに分類されます。それもあってポストブルゴーニュの産地として注目を集めており、シャルドネの栽培も増えています。
シュペートブルグンダーは低価格なものから超高級品まで幅広くつくられています。「Pinot Noir」表記されるものも少なくないです。ブルゴーニュスタイルに寄せてつくっているものや、ブルゴーニュ由来の苗木を植えている場合などに使うことがあるようです。
同じブドウ品種を指す言葉ですが、どちらの表記を使うかに生産者の意図が表れていて面白い。
ファルツ
ファルツはブドウ品種のバリエーションでドイツNo.1ではないでしょうか。
一応主要品種はリースリングです。栽培面積は僅かな差でドイツ1位。それでも全体の25%ほどです。
先ほど紹介したドイツの土着品種はもちろん、シャルドネやソーヴィニヨン・ブランの面積も少なくありません。近年ではメルローやカベルネ・ソーヴィニヨンなども見かけるようになってきています。
なので最初の1本として何を飲むかは難しいところではありますが、ドイツで栽培面積2番目であるシュペートブルグンダーからがその良さを感じやすいでしょう。
ラインヘッセン
栽培面積ドイツ最大のラインヘッセン地方。「千の丘陵地」と呼ばれるように、なだらかな丘が延々と続く、畑を拓きやすい産地です。急斜面に畑を拓くモーゼルと違って機械化がしやすく、大量生産時代の中心地でありました。
そのため「ラインヘッセン産は安ワイン」というイメージが少なからずあります。
しかしそれも近年は変わってきています。栽培のしやすさからビオディナミなどの有機栽培が導入しやすく、若い生産者を中心に革新的なワイン造りを始めるところが出てきているのです。
また先ほど「窪地は冷気がたまりやすく霜害になりやすい」と述べました。それは同時に凍ったブドウからつくるアイスヴァインの生産に向いていることも意味します。
気象条件がそろわないとつくれないアイスヴァインは高価なものが多いですが、ラインヘッセン産なら比較的手ごろに見つかります。
アイスワインについてはこちらで詳しく▼
フランケン
東からライン川に流れ込むマイン川流域に広がるフランケン地方。ここも白ブドウが8割を超える白ワインの産地ですが、他と違うのはリースリングが中心ではないこと。ジルヴァーナーとミュラー・トゥルガウが中心の産地なのです。
大きな特徴が「ボックスボイテル」という丸く平たい瓶が伝統的に使われること。この瓶でワインを出荷できるのは、フランケンとポルトガルのごく一部だけです。
文豪のゲーテが妻にあてた手紙の中で、「何本かのヴュルツブルガーを送ってくれ。此処のワインは私にとっては美味しくなく、困っている」と書いたものが残っているそうです。彼が愛したヴュルツブルガーというのもこの地方のワインで、ヴュルツブルガー・シュタインという畑が有名です。
ジルヴァーナーの生産量自体はラインヘッセン地方の方が多いのですが、品質ではフランケンが上とされており、独特のミネラル感が表現されています。
ナーエ
ナーエは中規模の産地でリースリングが中心。ただしこの地方を理解するのは非常に困難です。というのも様々な種類の土壌が入り混じっているのが特徴なので、「ナーエのリースリングは・・・」と語ることはできないからです。
火山土壌や斑岩、黒ひん岩、それにスレートや珪岩。畑をブレンドしたワインと単一畑のワインを飲み比べる。そんなマニアックで奥の深い楽しみ方ができる、玄人が満足する産地と言えるでしょう。
一方で土壌の小難しさなど欠片も表していない、手頃で親しみやすいワインも見つかります。
ミッテルライン
ライン川をラインガウ沿い下ったところにあるミッテルライン。466haとここも非常に小さな産地です。
南北に走るライン川に対して、西から東へと流れ込む支流。その川がつくるいくつかの谷沿いに畑が拓かれています。
ここもリースリングの産地であり、その割合は64%ほど。モーゼルやラインガウにもよく見られるスレート土壌であり、ワインの味わいは似ています。
隣接するラインガウに対するミッテルラインの長所をとある生産者に尋ねたところ、「ラインガウに近い品質で、産地の知名度が低い分だけ値ごろ感がある」との回答でした。
ヴュルテンベルク
ヴュルテンベルクはバーデン東側に南北に広がる産地で、栽培面積は1.1万haあり、ドイツ第4位です。しかしその名前はめったに日本で目にしないのでは。
その理由はヴュルテンベルクの人がやたらとたくさんワインを飲むからと言われています。地域内の一人当たりのワイン消費量は、他地域の2倍なんだとか。生産量の8割が協同組合のものであり、高品質なものは少ないことから、輸出される量は限られます。
そのなかでは「トロリンガー Trollinger」と呼ばれる黒ブドウが、他にあまり見られないもの。イタリア原産であり、トレンティーノ・アルト・アディジェ州では「ヴェルナッチャ」と呼ばれます。
他にもシュペートブルグンダーやレンベルガー(ブラウフレンキッシュ)、シュヴァルツリースリング(ムニエ)のような黒ブドウが多く、白ブドウより黒ブドウが多い地域です。
アール
アールはドイツで類まれなる赤ワインの産地。黒ブドウ比率が80%もあり、全体の65%がシュペートブルグンダーです。
緯度が高く冷涼ではあるのですが、急斜面のスレート土壌の畑が日照と熱を蓄えるのを助け、決して薄くない高品質な赤ワインを生産します。
あまり見かけない残り3地域
残りの3地域のワインは日本でまだ流通が非常に少ないです。
なので概要をかいつまんで、まとめてご紹介します。
「ヘシッシェ・ベルクシュトラーゼ」の面積は462haで13地域の中で最小。
リースリング、シュペートブルグンダー、グラウブルグンダーが主要で白ブドウが約8割。品種に目立った特徴はありません。主に辛口ワインのみが生産されるのが特徴でしょうか。ほとんどが地元消費されます。私も見かけたことがありません。
以上の11生産地域はドイツの中でも南西部に偏っています。それに対してあとの2地域は旧東ドイツ側にあり、大きく離れています。
「ザーレ・ウンストルート」はおよそ北緯51度にあり、ドイツの中でも最北の産地です。これより北の産地となると、主だったところはイギリスぐらいしかありません。なので霜の被害を免れやすい、ザーレ川とウンストルート川のそばに畑が拓かれた、小さな産地です。
あまり品種に偏りはありませんが、ミュラー・トゥルガウが一番多いのは、極寒の地ゆえに熟しやすさが優先されるからでしょう。
ドイツで一番東にある産地が「ザクセン」です。ザーレ・ウンストルートとそれほど緯度は変わらず、白ブドウが中心で8割を占めます。リースリングが最も多いですが、ミュラー・トゥルガウやヴァイスブルグンダーもほぼ同量。
この地には、ザクセンのみで栽培が許可されている「ゴルトリースリング」というリースリングの交配種があります。
ザーレ・ウンストルートとザクセンは、その冷涼すぎる気候ゆえに、まだまだ未開拓の産地といえます。
しかし近年の地球温暖化が追い風となり、安定してワインがつくれるようになってきました。これからの発展が楽しみな産地と言えるでしょう。
代わりの効かないドイツワイン活躍の場
世界中には無数のワインがあります。そして日本で手に入るワインは本当に多種類で、1日1本飲んだとしても飲みつくすことのできないほど。
その中でドイツワインを選んで飲むべき理由。他のワインではなかなか替えが効かないシーンというものもあります。
辛口ワイン⇒低アルコールの繊細さを楽しむ
冷涼な気候のもとゆっくりブドウが熟すドイツは、他の産地に比べアルコールが低めの繊細なワインをつくりやすい環境です。
リースリングのみならず様々な品種の辛口ワインは、軽快な口当たりとスッキリとした酸味が魅力です。
もちろん酸っぱい物が苦手、酸味が低いワインの方が好みという方もいらっしゃるでしょう。そんな方も、夏のジメジメと蒸し暑い日の終わりには、スッキリしたワインが飲みたくなる日もあるのでは?そんな日に飲むワインは、ぜひドイツを最初にご検討ください。
辛口ドイツワインの参考記事▼
お酒に強くない人の晩酌ワイン⇒酸がワインを守る
リースリング以外の品種についても酸味が高いワインが多い。それはワインが劣化しにくいというメリットがあります。どんなワインにも含まれている亜硫酸。その働きはpHが低く酸性寄りであるほど高まります。
だからあまり一度にたくさん飲めない方におすすめ。一人暮らしで1日1杯ずつだったとしても、あまり味が劣化せず美味しく飲み切ることができる丈夫なワインが多いのが特徴です。
ワイン初心者と楽しむ⇒甘口ワインの親しみやすさ
半甘口~甘口の手頃なワインは、小難しさがなくて美味しさを感じてもらいやすい。アルコールが10%以下のものも多く、体の負担が軽いのもうれしいところ。
だからワイン飲み始めの方も参加するパーティーに1本2本用意しておくと喜ばれるはずです。
このタイプはドイツが圧倒的にバリエーション豊か。「甘いのに後味スッキリ!」を感じてもらいましょう。
あくなき探求心を持つ方へ⇒土壌の違いをリースリングで感じる
リースリングの特徴は土壌の個性をワインの風味に反映しやすいことです。
粘板岩土壌のものがより高い価格がつきますがそれだけではありません。貝殻石灰質や雑色砂岩土壌など、様々な土壌でリースリングがつくられています。
どんなマニアックな方も飽きさせない、深い深い世界が待ち構えています。決してドイツワインは、「初心者のころに甘口を飲んで、その後卒業していくもの」ではありません。
好みじゃないワインは人生を豊かにする!
主要なワイン生産国の中では最も高緯度に位置するドイツ。他の国にはないブドウ栽培やワインづくりの特徴は、その多くが冷涼な気候であることと関係しています。
上品で高い酸味を持ったワインや、3割もつくられている半甘口~極甘口ワインは、その特徴の最たるもの。
それらは決して誰もが好きというものではないでしょう。むしろ好き/嫌いが分かれるタイプのものが多い産地です。
飲んだことのあるお気に入りのワインだけをリピートしたい。口に合わないワインはなるべく買いたくない。そういう方はわざわざ手を出さなくていいかもしれません。
一方で好奇心豊かでいろいろなワインを飲み比べたい方。美味しいワインに出会ってもすぐに「次はどんなの飲もう?」と考えるタイプの方におすすめしたい。たまには好みを外してみると、ワインの世界観が広がるかもしれませんよ?と。
あなたの好みのタイプでなかったとしても、「このワインは美味しい!お客様にご紹介したい!」と感じた人がいるから、日本で我々が目にしているわけです。
期待せずに飲んでみれば、「あれ?あまりこういうタイプ飲まないけれど、案外美味しいじゃん!」となるかも。
1杯のワインを通して、遠く離れた国の伝統と文化を知り、ワインを造る人と紹介する人の想いを感じる。なんとも奥深い趣味ではないでしょうか。