マロラクティック発酵(MLF))とは、醸造においてリンゴ酸が乳酸に変わる反応のことで、酸味がまろやかになります。
その有無による風味の違いや意図を知れば、シャンパンや白ワインを自分好みに選ぶ際の助けになります。
地球温暖化の進行で、マロラクティック発酵を『ブロックする』選択が増えています。
好きなワインのタイプを判断するためや、飲んだことのないワインの味を想像するため、この豆知識を役立ててください。
マロラクティック発酵とは
マロラクティック発酵(malolactic fermentation MLF)とは、アルコール発酵に続いて起こるリンゴ酸が乳酸に変わる反応のことです。
ワインの酸度が下がって酸味がまろやかになり、風味の変化も生じます。
本記事ではマロラクティック発酵について消費者が知って得のある内容に絞ってご紹介します。醸造家を目指す方に参考になるほどの深さはありませんのでご了承ください。(というより筆者が書けません)
ワインの酸味成分について
ワインの酸味成分として含有量が多い物は4つ。酒石酸、リンゴ酸、乳酸、コハク酸です。
(参考)
このうち酒石酸とリンゴ酸はブドウ果汁にもとから含まれているものです。対してコハク酸はワインの発酵工程において酵母が生成するものです。
そして乳酸は、ブドウにもある程度含まれていますが、このマロラクティック発酵の過程でリンゴ酸の代わりに増えるものです。
リンゴ酸はその名の通りリンゴなどに含まれている成分で、同じ濃度で比較したとき強い酸味を感じさせます。
それに対して乳酸の酸味はまろやかに感じます。ヨーグルトを思い浮かべてください。
リンゴ酸が重要な訳
ワインの味わいに影響を与える有機酸のうち、人がコントロールしやすいという点でリンゴ酸は重要です。
リンゴ酸はブドウの生育過程で蓄積され、ヴェレゾン(ブドウが色づき始める)のころに最大濃度となります。だから色はついても未熟なブドウを食べるとめちゃくちゃ酸っぱい。
それが糖度の蓄積とともに分解されていきます。そのスピードは気温に大きく影響します。
簡単に言うと気温が高いとリンゴ酸はどんどん少なくなり、気温が低いとなかなか減りません。特に夜間の気温に影響されるといいます。だから昼間の気温が同じくらいでも、夜気温がぐっと下がる地域では、よりリンゴ酸濃度の高いブドウがとれます。
もちろん品種などによってもその変化スピードは異なりますが、傾向は変わりません。
ブドウの収穫のタイミングによって、リンゴ酸濃度をある程度コントロールできます。加えてマロラクティック発酵でも変化させることができます。
他の有機酸についても捕酸・除酸という手法はありますが、あまり話題に上ることはありません。
どんなワインを造りたいかという目標に近づける上で、リンゴ酸は重要なのです。
酸度の低下と微生物的安定
ワインの酸度は「滴定酸度」といって、中和するのに必要なアルカリ性物質の量から求められます。多くは「酸味成分が酒石酸のみだったと仮定したときの1L中の含有量」として〇g/Lと表記されます。
この酸度の値は、マロラクティック発酵によって1~3g/Lほど下がると言われます。
一方で酸性度を表すpHは0.3ほど上昇します。(値が小さいほど酸性です)
一般にpHが低い方が微生物などの活動が妨げられてワインが安定すると言われます。しかしMLFに関しては、他の微生物のエサを消費しつくすので、pHが上がったとしてもより微生物学的に安定します。ワインに欠陥が生じにくくなるのです。
MLFによる風味の変化
マロラクティック発酵によってワインの香りはより複雑になります。典型的なのは、白ワインにバターのような香りが加わることです。ポップコーンっぽく感じることもあるそうです。これは「ジアセチル」という成分によるもの。適切な濃度では好ましくとらえられますが、強すぎるとワインの欠陥と考えられます。
このワインはその名の通り「バターの風味を持つワイン」として人気になったものです。
そのほか赤ワインにおいてはローストやチョコレートの香りにマロラクティック発酵が関わっています。
マロラクティック発酵における醸造家の選択肢
そのワインを醸造するにあたり、MLFを行うかブロックするか。あるいは部分的に行うか。
これが大きく風味を左右する醸造オプションであり、ワイン選びに影響します。
マロラクティック発酵のメリットとデメリット
マロラクティック発酵のメリットは、先述のとおり酸度が下がって風味の複雑さが増すことです。口当たりも良くなることが多いです。
しかし酸度が下がること自体がデメリットとなる場合もあります。目指すワインのスタイルによっては、リンゴ酸のシャープな酸味を必要とするのです。よりワインがフレッシュな印象に仕上がります。
またゲヴュルツトラミネールやリースリングなどのアロマティック品種の場合、そのブドウ由来の香りを邪魔してしまう場合もあります。
そういう場合はMLFをブロックします。
マロラクティック発酵をブロックするには
アルコール発酵の終了後、まだリンゴ酸が減ってない状態で乳酸菌の働きを止めれば、MLFをブロックできます。
具体的には亜硫酸を添加したり、冷やしたうえでフィルターにかけて微生物を除いたりといった手段です。
またpHが低いと乳酸菌が働かず、MLFが起こらないそうです。
逆に言うと「無濾過・無清澄で亜硫酸添加が瓶詰時のみ」とうたっているワインは、MLFを完全に止める手段がありません。ほぼMLFしていると考えて良さそうです。
MLFについては完全に行うか完全にブロックするかのどちらかが多いですが、それぞれのタンクをブレンドすることで部分的にその効果をワインにもたらすこともできます。
マロラクティック発酵は自然に起こるか起こす
マロラクティック発酵は温度などの条件さえ適切ならアルコール発酵に続いて自然と起こります。MLFは乳酸菌の一種が働いて起こります。その乳酸菌はブドウの果皮から入ったり醸造設備に付着して混入したり。その中でアルコール耐性のあるものが、酵母の働きが収まってきた段階で活動を始めるのです。
だから「マロラクティック発酵は自然に任せる」というワイナリーも少なくありません。
一方でMLFを起こす乳酸菌を選んで加えることで、生成される香りなどをある程度コントロールできます。バクテリアを加えるという選択肢もあるのです。
さらにバクテリアをアルコール発酵の初期に加えることで、アルコール発酵と一緒にMLFを起こして終わらせてしまおうという技術もあります。「コ・イノキュレーション」と呼ばれます。より微生物的にリスクが少なく、しかも官能的にもいいとして注目を集めているそうです。
ただしこれらの選択肢は、実際のワインのスペックに載ることはありません。少なくとも私は一度も見たことないです。
なのでワイン選びの指標となることはないでしょう。
マロラクティック発酵で違いの出るワインのタイプ
ワインのタイプによってはマロラクティック発酵を起こす/ブロックするの選択肢があります。
その一部についてはワインのテクニカル情報に記載されることもよくあります。
注目すべきタイプを知れば、ワイン選びの参考になります。
選択肢がない:赤ワイン&一部のスッキリ系白ワイン
赤ワインはほぼ100%MLFが行われます。これは赤ワインの果実味やタンニンとリンゴ酸の風味が合わないからだと言われています。だから「MLFしているかどうか」を書いてあることはほぼありません。
白ワインの中にはMLFしているもとそうでないものがあります。もう少し詳しく見ていくと、スッキリとした味わいを魅力とするワインは、基本的にMLFをブロックします。
例えばリースリングやステンレスタンク発酵・熟成でつくられるソーヴィニヨン・ブランはMLFしません。
また先述のゲヴュルツトラミネールも同様です。
とはいえピノ・グリやシュナン・ブランといった品種だと、MLFしたうえでスッキリ系に仕上がっているものもあります。
白ワインについては「全体的にしていないものが多い」と認識してください。
MLFなしが増えるシャルドネ
MLFを見極めるべき1番のブドウ品種はシャルドネです。
かつては「シャルドネといえば樽発酵・樽熟成でMLF100%」が主流でした。今でもブルゴーニュではそのスタイルがかなり多いはずです。
しかし近年は、「樽熟成してリッチな風味にするがMLFをブロックして酸味をフレッシュに」というワインも増えています。
その理由は地球温暖化による酸度の低下と、おそらくはダイアセチルに対する逆風です。
ワインは酸味があまりに低いと、厚ぼったくつまらない味わいになってしまいます。かといって風味の成熟を考えると早摘みすればいいというものではありません。だから酸味を少しでも落とさないため、MLFを実施しない選択をするのです。
バターのような複雑な風味は豪華さを演出します。だからそのワイン単体で考えたとき、MLF由来の香りがあった方が美味しく感じることも少なくありません。
しかしどのシャルドネも同じような風味に感じてしまいがちです。バターの風味が強いと、たとえそれが美味しく感じる程度の強さだとしても、ワインの個性を覆い隠してしまうのです。醸造法だけで風味が決まるなら、世界にこれほどたくさんシャルドネの産地は必要ありません。
ダイアセチルの生成を抑えるMLFの手法も開発されてきていますが、そもそもMLFをしないという選択肢もあります。
伝統として選びやすいシャンパーニュ
シャンパーニュ地方ではベースワインにMLFをするのが基本です。
ワイン生産の北限近くにあるシャンパーニュ地方。しかも基本的に糖度の低い状態でブドウを早摘みするので、通常のワインに比べてリンゴ酸濃度は高いです。
その酸味を和らげるために、MLF発酵を用います。
一方で高い酸味があった方が、熟成能力は増します。
「長くフレッシュさを保つことができる」といえば聞こえはいいですが、若いうちは酸が高く厳しい印象、いわゆる「硬い」状態であることが多いです。それゆえ長めの瓶内熟成期間を長く設定されがち。
シャンパンの生産者は、「うちはMLFは100%行う」「うちはブロックする」というように、生産者で方針を固めていることが多いです。それゆえ生産者の特徴を覚えれば判断できます。
マロラクティック発酵する/しないで選ぶシャンパン
先述のとおりシャンパンにおいてはMLFするのが基本です。なのでテクニカル情報に何も書いていない場合、MLFは行っているものと考えていいでしょう。
ゆえにMLFをブロックする方針の生産者を紹介します。
シャンパンの味わいについてはベースワインを樽熟成するかどうかも風味に影響します。こちらの記事もご参考に。
MLFをブロックする有名生産者
MLFしない生産者としてまず紹介するのが「サロン」。
ベースワインをステンレスタンク発酵のうえ、MLFなし。長熟を見据えた超高級シャンパンで、最低10年の瓶内熟成を経てリリースされます。これだけの熟成期間が必要なのでしょう。
姉妹ワイナリーである「ドゥラモット」は、MLFに関する確定的な情報が見つけられませんでした。あくまで味わいから私の推測ですが、その柔らかい味わいからマロラクティック発酵はしているものと考えられます。
ルイ・ロデレールはベースワインを樽熟成させたうえで、MLFはブロックするタイプの生産者です。
スタンダードの「コレクション」シリーズはすぐに飲めるつくりですが、トップキュヴェの「クリスタル」はやはり熟成前提という印象です。
「ゴッセ」もMLFをブロックすることを方針としている生産者です。
当店にはミドルレンジの「ミレジメ」しかありませんが、スタンダードクラスはいかにも「リンゴ酸多めです!」というようなフレッシュな風味が魅力です。
「アルフレッド・グラシアン」も樽熟成のうえMLFをブロックするタイプの生産者。
この生産者のシャンパンからは、今のところ若いゆえの硬さは感じたことがありません。樽熟成による適度な酸化を上手につかっている印象です。
MLFをブロックする小規模生産者
MLFをブロックするシャンパンは、どちらかといえば「通好み」の味に仕上がります。それもあってか小規模生産者にもMLFをブロックしてつくるところは少なくありません。
ステンレスタンク発酵・熟成&MLFブロックで、特にフレッシュ感の強いのがJ.L.ヴェルニョン。
アンドレ・ジャカールやダヴィド・クートラは、MLFをブロックする代わりにベースワインの樽熟成でボリューム感を出し、長めの瓶内熟成でバランスをとるタイプです。
もちろん生産者ごとに風味の違いはあります。そこをあえてまとめて傾向を述べるなら、ステンレスタンクでMLFなしだと引き締まってスマートな味わい、樽熟成のMLFなしだと酸味は高いがボリューム感がそう感じさせないバランスに仕上がると感じています。
マロラクティック発酵する/しないで選ぶ白ワイン
白ワインの場合はもっと複雑です。
生産者がつくるワインナップの中で、品種によってMLFの有無を変えていたり、目指すワインの味わいに合わせて部分的に行ったりというもの。シャンパーニュほどきっちりは分かれません。
また輸入元により醸造方法の情報提供に大きく差があります。
それを踏まえたうえで、同地区・同品種のものと比べてみると面白いものを挙げていきます。
リッチでMLFなしのシャルドネ
シャルドネの白ワインはMLFを行っているものが基本です。
シャルドネでMLFを行わない場合、同じ地域のシャルドネに比べてフレッシュな果実感をより強く感じる傾向があります。
MLF由来のバターの風味がないのはもちろんですが、MLFしていてもバターの風味を感じないことは少なくありません。そこで判断するのはほぼ不可能です。
ガーギッチ・ヒルズがもとからMLFをブロックしていたのか、温暖化に対応して変えたのかはわかりません。ですがナパのシャルドネとして引き締まった上品な酸味を持つ味わいは、この醸造の成果です。
MLFブロックが割と多いヴィオニエ
ヨーロッパ以外の地域で栽培されるヴィオニエは、MLFをブロックするものが多いという印象です。
ヴィオニエはアルコール度数が上がりやすく酸度が落ちやすい品種です。その味わいとバランスをとるには、高めの酸味が必要です。そのためにMLFを行わず、フレッシュな酸味を保つのでしょう。
コンドリューやシャトー・グリエに代表される北ローヌのヴィオニエの主要産地は、MLFを行うものが多いようです。
珍しい!?MLF有のマールボロ・ソーヴィニヨン・ブラン
人気の高いニュージーランドのマールボロ産ソーヴィニヨン・ブラン。そのスタイルはまさにフレッシュ&フルーティーです。MLFしないことによる高くてシャープな酸味は、かんきつやハーブの爽やかな風味と相性がいい。だからMLFしないのが基本です。
その中で珍しくMLFを100%行い、丸みを帯びた酸味が特徴のワインがこちら。
醸造においてなるべく手を加えないという生産者の意志ゆえかもしれません。
ヴィンテージによって変わるMLFの有無
シュナン・ブランの生産者として人気の高い、ロワールの「ユエ」。
この生産者はMLFについて自然任せだといいます。ブロックはしない。でもMLFが起こらないこともあると。
シュナン・ブランも高い酸味を保ちやすいブドウです。ヴィンテージによってはpHが低すぎてMLFがスタートしないのでしょう。掲載の2021VTは冷涼でしたので、きっとMLFなしだと予想します。
ピノ・グリはMLF有無の情報がない!
ピノ・グリは一応アロマティック品種に分類される酸度が落ちやすいブドウです。だからMLFしないものなのかというと、どうやらそうでもないよう。MLFしていてもバターの香りとしては感じないので、情報なしで判断するのは難しいです。
しかもその情報がほとんど提供されていない。なのでピノ・グリをMLFの有無で選ぶのは難しいでしょう。
シーンで選ぶマロラクティック発酵の有無
ワインの風味を最も左右するのはブドウ品種と産地だと言われています。そのうえで同じ品種・同じ産地のワインで比較すると、マロラクティック発酵の有無は味わいの印象を確かに変えます。
もし2本のワインで迷って、MLFの有無で違いがあった場合、参考にすべきことは次の2つ。
〇季節の寒暖
〇そのワインを飲む日数
暑い時期はMLF無しでさっぱりと
MLFをブロックしてつくるワインは、よりフレッシュで爽やかな風味を持ちます。
そういう味わいのワインは、暑い時期や気分をリフレッシュしたい日に飲むといいでしょう。キュっと締まるリンゴ酸の酸味が味わいを引き締めてくれます。
逆に寒い時期やほっと一息つきたいときは、MLF有りのものがベターです。まろやかな酸味となめらかな口当たりが迎えてくれます。
マロラクティック発酵なしの方がワインがタフ
ワインに含まれる亜硫酸のうち、酸化を妨げる効果を持つものの割合はpHで変動します。酸性寄りの方が亜硫酸がよく働くのです。
それもあってマロラクティック発酵をしていないワインの方が相対的に酸化に強く、栓を開けたあとでも風味が変化しにくいと予想されます。
もちろんワインごとの個体差はあるので一概には言えませんが、自宅で数日に分けて飲む場合はMLF無しのものを選んだ方が、最後まで美味しく飲めるでしょう。
マロラクティック発酵をワイン選びの参考に
マロラクティック発酵をブロックするかどうかは、そのつくり手がどんなワインを狙ってつくろうとしているかの参考になります。そのワインを買うわけではなくとも、あえてMLFをブロックするワインをつくっている。そうであるなら、MLFしている赤ワインも繊細に上品に醸造している可能性が高いと言えます。
マロラクティック発酵は所詮、醸造における除酸処理の一つ。どうやるかはワインを造る人のみが知っていればいいことです。ワインのスペックに表れるようなもので、「こうやってMLFをやれば高品質」のような単純なものはありません。
でもそこから「このつくり手はどんなワインを目指しているのか」という情報を読み取ることもできます。
自分の好みとそのつくり手の指向を照らし合わせれば、お気に入りのワインに出会う助けとなることでしょう。