シャンパンの醸造過程において、ベースとなる白ワインを樽熟成することで出来上がりの風味が変わります。
しかしそれは白ワインの樽熟成の有無とは、全く別物といっていいでしょう。
近年人気の小規模生産者の中には、この手法を用いるところが少なくありません。
シャンパンの樽熟成の効果を知って、自分好みの味わいを選べるようになりましょう。
樽熟成してつくる有名シャンパン
樽熟成したシャンパンとしてまず名前が挙がるのは、間違いなくジャック・セロスでしょう。
ジャック・セロスは単に高品質なワインをつくるだけでなく、多くの醸造家がそこで修行を積んでいます。その結果、ジャック・セロスに縁のある生産者の中にも、樽熟成してつくるところが少なくありません。
生産者のNMとRM
シャンパンの生産量の大部分を占めるのは、NM = ネゴシアン・マニピュランと呼ばれる生産者です。これはブドウの一部または全部を栽培農家から購入してシャンパンを生産する形態のことです。有名な大規模生産者は間違いなくNMです。
それに対してRM = レコルタン・マニピュランは、自社畑のブドウのみからシャンパンをつくります。いわゆるドメーヌ型の生産者です。
自分で畑を所有し管理するため、おのずと生産量は少なくなります。
他にも生産形態はいくつかあるのですが、主となるのはこの2つ。そして近年なにかと注目を集めがちなのが、小規模生産者であるRMです。一度ワインの人気に火が付くと、生産量が少ないためにすぐに争奪戦になります。その手に入りにくさが人気に拍車をかけるのです。
近年人気のRM
RMの旗手として圧倒的な人気を誇るのが、先述のジャック・セロス。
正規のインポーターは木下インターナショナルさんなのですが、正規品を市場で見かけることはほとんどありません。輸入されていることを疑うレベルです。
代表銘柄の「イニシャル」は、現在の定価は4万円ほど。しかし並行品はその3倍程度の価格で取引されます。それだけ供給に対して需要が異常に高いのです。
他にはセロスを追う存在として、エグリ・ウーリエが有名です。当主どうしが仲良しだそうで、価格も仲良く上昇傾向なのが辛いところ。
アグラパールやフレデリック・サヴァール、シャルトーニュ・タイエなどがそれに次ぐ人気RMです。どこも全部ないし一部を樽熟成しています。
小規模生産者ならではのマーケティング
大手のNMとRMとでは、それこそ生産量が2桁違うこともあります。価格で勝負して、小規模生産者が勝てるわけがありません。
市場で小規模生産者が生き残るすべは、他にない個性的なワインをつくること。そこで目を付けたのが、畑の特徴を表現することです。
1種類のシャンパンを100万本つくろうと思えば、シャンパーニュ地方全域からブドウをかき集める必要があります。そうすれば畑ごとのブドウの個性は均一化され、シャンパーニュ地方全体の特徴と生産者の醸造における特徴が強く現れます。
一部の小規模生産者が目を付けたのは、そのアンチテーゼ。「シャンパンだってワインであり、ワインの美味しさはブドウで決まる。単一畑でつくればブドウの個性がよりはっきり表現されるはずだ。」
そうした畑の考え方は、先行した生産者がブルゴーニュで修行して、その「畑 = クリュ」の考え方を持ち帰ったものです。
そしてブルゴーニュにて高級ワインはほとんど100%樽熟成されます。
大手の樽熟成シャンパン
生産量が多く名前が通っているシャンパンメーカーのなかで、ベースワインを樽熟成してつくるものといえば「ボランジェ」です。
あのどっしりと飲みごたえのある味わいは、ピノ・ノワールが主体であることも関係するでしょうが、樽熟成の効果もあります。
その他にも樽熟成のみでつくるシャンパン、一部を樽熟成してつくるシャンパンはあるでしょう。しかし多くのメーカーがオフィシャルHPに製法のことを書いていません。
これは秘密にしているというよりターゲットによってでしょう。生産量の多いシャンパンは、幅広い人に飲んでもらわないと販売しきれません。「ベースワインを樽熟成しているかどうか」を気にする方は、ワイン消費者層のピラミッドの中で頂点に近いほんの一握りです。専門用語の並ぶ醸造説明は、一般消費者にとって小難しいだけ。だからあえて記載しないのでしょう。
ベースワインはステンレスタンク発酵・熟成に統一しているシャンパンメーカーもちらほらあります。例えば「サロン」や「ポル・ロジェ」などは樽を一切使いません。
おそらく多くのメーカーは、その間をとって樽熟成のものとステンレスタンク熟成のものをブレンドして使っているものと思われます。
シャンパンの製造工程と風味の違い
樽熟成を説明する前に、一般的なスパークリングワインの製法をご紹介します。
手摘みで房ごと収穫されたブドウは、なるべく早く房ごとプレス機にかけて、果汁と果皮や種を分離します。だからピノ・ノワールはムニエのような黒ブドウをつかっても、赤みがかっていない白のスパークリングワインができるのです。
ベースワインの発酵容器
スパークリングワインはまず、白ワインをつくってから瓶内2次発酵によってスパークリングワインになります。
その材料となる白ワインを「ベースワイン」と呼びます。
ベースワインの発酵が終わった後、すぐに瓶内2次発酵に入ることもありますが、全てではありません。数か月から数年保管、熟成させてから瓶詰して瓶内2次発酵の過程にはいることもあるのです。
その際にどの容器で熟成させるかで、シャンパン・スパークリングワインの風味は変化します。
一般的なのはステンレスタンクで熟成を行うものです。ステンレスは空気を通さないので、ワインは嫌気的な状態になります。だからこそフレッシュな果実の風味がシャンパンに現れやすいと考えられています。
最近増えているのは、ベースワインを樽熟成することです。木樽はゆるやかに酸素を通すので、ベースワインはある程度酸化されます。すると出来上がるシャンパン・スパークリングワインに、なんとも複雑な落ち着いた風味が現れ、口当たりもボリューム感があるものになります。その代わりフレッシュさは失われています。
瓶内2次発酵とドサージュ
さらに瓶内2次発酵の期間の長短でも風味に違いは現れます。
また、デゴルジュマン後に行うドサージュ(甘味の添加)でもワインの印象は大きく異なります。
別の機会にご紹介します。詳しくはこちらをご覧ください。
樽熟成 ≠ 高品質
シャンパン生産者のラインナップうち、シャンパンによって樽熟成するか否かを使い分けている場合。たいていはより高価なシャンパンを樽熟成しています。
だからといって樽熟成するから必ず美味しくなるというわけではありません。ただ風味の傾向が変わるだけ。それを美味しい・好きと判断するのは飲み手自身です。
シャンパンの樽熟成で現れないもの
シャンパンの樽熟成には古樽が用いられます。新樽を使うというのはあるのかもしれませんが、私は目にしたことがありません。
ゆえに新樽熟成したシャルドネのような、ヴァニラやココナッツのような甘い風味、それからマロラクティック発酵によるバターの風味などをシャンパンから感じることはありません。
ベースワインを樽熟成するのは、樽をとおして酸素接触させるため。樽の風味を添加するためではないのです。
樽熟成してつくる飲みごたえのあるシャンパン 4生産者
当店で取り扱いのあるシャンパン生産者のうち、主としてベースワインを樽熟成してつくる生産者をピックアップしました。
シャンパンにおける樽熟成の風味は、新樽で熟成したシャルドネの白ワインほど明確なものではありません。また、シャンパンにおいては樽熟成の他にも風味を左右する醸造要素がたくさんあります。
とはいえ醸造方法に共通点のある生産者を並べれば、そのシャンパンの特徴の共通項は浮かび上がってきます。
ジャック・セロスの甥、セロス・パジョン
先述のジャック・セロスの甥にあたるジェローム・セロス。彼は1990年代にジャック・セロスで働き、その栽培や醸造について学んだといいます。父が引退した際に畑を受け継ぎ、妻のコリーヌ・パジョンが実家から継承した畑とあわせて、セロス・パジョンとなりました。
全てのキュヴェのベースワインを樽熟成しているわけではないようです。セロスの教えを感じるのはこのキュヴェから。
熟成のオーク樽にはFrançois Frère社製とSeguin Moreau社製のものを使用しており、これはブルゴーニュでもトップ生産者がこぞって使う高級品。「量より質」を重視したシャンパンづくりを伺わせます。
樽熟成+長期熟成の豪華な味
アンドレ・ジャカールの醸造の特徴として、全てのシャンパンのベースワインを樽熟成してつくるというものがあります。さらに瓶内2次発酵の期間が長いため、『高そうな味』を上手につくっている生産者です。
COCOS
まるであの『サロン』を飲んでいるかのよう!
メニル エクスプリエンス エクストラ ブリュット ブラン ド ブラン グラン クリュ NV アンドレ ジャカール
¥8,965
COCOSで見る
シャルドネ100%でつくることと、エクストラ・ブリュット、つまり糖分が非常に少な目であるため、「ボリューム感のあるリッチな味わい」というわけではありません。それでも同価格帯でステンレスタンク醸造のものに比べると、風味の複雑さと飲みごたえを感じます。
なお、輸入元の社長さんいわく、アンドレ・ジャカールは現地で「プティ・サロン」と呼ばれているそうです。サロンは樽熟成一切なしのステンレスタンク発酵・熟成なはずですが、風味が似ているのでしょうか。サロンが高騰しすぎてとても飲み比べできず、判断しかねます。
樽熟成ならではの落ち着いた旨味感
このアルフレッド・グラシアンもベースワインを樽熟成してつくるネゴシアン・マニピュランです。
次にご紹介するルイ・ロデレールに比べると、その味わいの傾向をしっかり感じます。
アルフレッド・グラシアンにおいては、樽熟成はシャンパンの旨味となって現れているように感じます。樽熟成するときにシュール・リーをしているからでしょう。ワインの発酵後に澱引きをせず熟成させる方法で、やりすぎるとワインが澱臭くなってしまいますが、上手に行えばワインに旨味やコクを加えられます。
アルフレッド・グラシアンのシャンパンにはしっとりと落ち着いた旨味感を共通して感じます。
ただしシュール・リーは行っていても記載がない場合が往々にしてあるので、他の生産者がしていないとは断言できません。
木樽熟成+ノンマロの長熟さ
同じベースワインを樽熟成するシャンパンといっても、ルイ・ロデレールはそれほど酸化のニュアンスを感じさせません。
フラッグシップシャンパンである「クリスタル」においては、リリースしたてはフレッシュすぎて良さが発揮されないというソムリエさんもいます。
私の印象としても、味わいはあまり派手ではなくスムースで細身。豪華さはあまりないように感じました。(そんなに何度も飲んでいるわけではないので参考までに)
その理由の一つは、ルイ・ロデレールではベースワインのマロラクティック発酵を行わないので、ワインの酸度が高いこと。それもあって高い熟成ポテンシャルを持ちます。ただノン・マロなのは、先述のアンドレ・ジャカールやアルフレッド・グラシアンも同様です。
となると使うオーク樽がバリック(小樽)ではなく大樽であることが影響していると考えられます。大樽はワインの量に対しての表面積が小さいので、酸素接触が穏やかだからです。
樽熟成の飲みごたえは大人数で楽しんで
ベースワインを樽熟成してつくるシャンパンは、風味の複雑さと落ち着いた旨味をともなうような口当たり、そして飲みごたえといったものが共通項と言えるでしょう。
ステンレスタンクで発酵・熟成したものと味わいの傾向が違います。ということは飲むのに適したシチュエーションも違うということ。
ピッタリのシーンを考察してみます。
ワイン単体での満足感
同じ価格帯で比較するならば、樽熟シャンパンの方が単体で飲む満足度は高いでしょう。少量でも満足させてくれる豪華さがあります。一方でわき役に徹して食事を引き立てるという点では、それほど強くないかもしれません。
となれば4~7人くらいがあつまる食事会。その乾杯1本目のシャンパンとしてピッタリでしょう。まずはお酒のみでスタートして歓談。食べ物に影響されないからこそ、「うわ!これ美味しいね!」と言わせるパワーがあります。
時間帯は夜!
休日に明るいうちから飲むシャンパンには、独特の幸福感があります。
でもそういうシーンに樽熟成シャンパンは向かないかも。”明るい印象”はどちらかと言えば、ステンレスタンク発酵でつくるフレッシュ感あふれるシャンパンに感じます。
樽熟成シャンパンはどちらかと言えば、夜も遅くなった時間のしっとり感が似合うように思います。
違いがわかればシャンパンはもっと面白い!
スパークリングワインは、抜栓後炭酸が抜けていくことから、早めに飲む必要があります。それもあって赤ワイン・白ワインに比べてたくさんのスパークリングワインを飲み比べする機会は少ないでしょう。
だからこそスパークリングワインの味わいのタイプを感じ取って認識するのは、より難易度が高いです。ましてシャンパンは基本高価なので、より違いを知るのが難しいでしょう。
製法に関する知識は、違いを認識する助けになるはずです。
スパークリングワインといっても非常にたくさんの種類があります。とりわけ通販でシャンパンを買うなら、たくさん選択肢があって迷うのに、高価だから失敗したくない。だから選ぶのが難しい!
目についたものをどんどん買って飲むことのできる財力と肝臓、もしくは正確な嗅覚・味覚とその記憶力があれば、知識などなくても飲めば違いがわかるでしょう。
一方でそういった一部の優秀な方以外の人には、いわゆる「ウンチク」は決して無駄な知識ではありません。
今回はシャンパンをつくる際にベースワインを樽熟成することで、風味がどう変わるかを具体例をだしてご紹介しました。
これをヒントに読者様が目当てのシャンパンを選びやすくなりますように。