「セカンドワイン」とは2番目の等級に位置付けられるワインで、その目的はファーストラベルのブランドを守ることです。
そのブランディング戦略の裏には、海洋性気候で天候が不安定なボルドーならではの事情があります。
一方でその手頃な価格や短い熟成で飲み頃を迎えることなど、セカンドワインならではのメリットもあります。
有名なセカンドワインの一覧とともに、単なる「安いワイン」ではないその存在意義についてご紹介します。
ボルドーの気候とセカンドワイン誕生の経緯
「セカンドワイン」という概念が誕生した場所は、フランスのボルドー地方です。
ボルドーのワインは基本的に「ワイナリー名=ワイン名」です。その例外としてワイナリーの名前を冠したワインより低価格で販売されるもう一つのワイン。それが「セカンドワイン」として位置づけられます。「セカンドラベル」と呼ぶこともあります。
セカンドワインの先駆け「ムートン・カデ」
初めてのセカンドワインは、1930年につくられた「ムートン・カデ」だと言われています。意味は「ムートンの弟」。
このワインをつくるのは、ボルドー地方のメドック地区、ポイヤック村に位置する1級シャトー(当時は2級)のシャトー・ムートン・ロートシルト。
その年は「セカンドワイン」をつくる必要があったのです。その理由を理解するには、ボルドーの気候を知る必要があります。
ちなみに「ムートン・カデ」は当時はセカンドワインでしたが、現在はムートンのチームがつくるバリューワインという位置づけ。もっと広い地域のブドウからつくるカジュアルワインです。
代わりに現在セカンドワインと位置づけられるのは、「ル・プティ・ムートン・ド・ムートン・ロートシルト」
「シャトー・ムートン・ロートシルト」と違ってこちらは毎年同じラベルです。
※「シャトー」とは「城」の意味。ボルドーの多くの生産者は「シャトー〇〇」という名前です。
不安定なボルドーの気候
ボルドーはフランス西部、大西洋に面した地域です。そこは偏西風地帯であり、大西洋からの風が流れ込みます。ボルドー沿岸は暖流であり、そのため緯度の割に気候は温暖でブドウが熟すのを助けます。ただし暖かい空気は湿気を運び込むので、雨がよく降ります。
ボルドーは1年を通してある程度の降雨量がある海洋性気候です。雨によって湿度が上がった状態はブドウに病気をもたらしますが、収穫期はもっと影響が深刻。もうすぐ収穫というタイミングで雨が降ると、ブドウが水を吸って実が膨らみ、糖分や風味が薄まってしまいます。悪いときは実が破裂しそこから腐敗が始まります。
生産者は天気予報をもとに収穫を早めるなどして、健全なブドウが収穫できるよう工夫しています。
それゆえ発展したブレンド技術
ジロンド川左岸の地区はカベルネ・ソーヴィニヨンを主体にメルロー、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドをブレンド。
ジロンド川右岸ではメルローを中心にカベルネ・フランや時にカベルネ・ソーヴィニヨンをブレンド。
ボルドーのワインは複数品種をブレンドし、その比率を毎年変えるのが基本です。これは気候と関係します。
カベルネ・ソーヴィニヨンは熟すのが遅く、メルローは早いなど、収穫のタイミングが品種により違います。この収穫期の差が、雨による品質低下に対するリスクヘッジとなります。「全部のブドウの出来が良くない」ということを減らせるのです。
出来のいいブドウ品種の割合を増やし、出来がイマイチだったブドウの味わいを補う。そのようにしてヴィンテージごとの品質の差を小さくするのが、複数品種をブレンドする狙いの一つです。
セカンドワインの誕生
ただしちょっとブレンド比率を変える程度ではカバーできないほど難しい年もあります。
畑が広ければブドウの良し悪しも様々ですから、いいブドウもあれば今年は良くない区画もある。その良くない区画のブドウを使ってしまうと、毎年飲んでる顧客をがっかりさせてしまうかもしれない。かといってブドウを捨てるわけにもいかない。
ならば別のワインとして売り出そうというのが「セカンドワイン」の始まりです。
1930年のムートンは、品質で劣るブドウ・ワインを「ムートン・カデ」に回したために、顧客からの信頼を保てたのでした。
セカンドワインはファーストラベルのブランドを守るため
ボルドーなどにおいてそのワイナリーの看板であり上級ワインを「ファーストラベル」と呼びます。
セカンドワインをつくる目的は、ファーストラベルのブランド価値を保つためです。
生産者としてはなるべくたくさんのファーストラベルをつくりたいはずです。だってそちらの方が高く売れるから。
しかし品質を犠牲にしては、やがてそのファーストラベルも売れなくなってしまう。だから質で劣るものをセカンドワインに回すのです。
たまたま天候が悪かったというだけではありません。
ブドウの樹は定期的に植え替えが必要です。植え替えたばかりの若い樹は、ブドウの品質で劣ることが多いです。植え替え直後の区画からとれたブドウはセカンドワインに使うことで、ファーストラベルを樹齢の高い高品質なブドウのみからつくることができます。
セカンドワインとグレードの違い
セカンドワインとはそのワイナリーで2番目のグレードのワインです。
では他の地域でも「セカンドワイン」はあるのでしょうか。
例えばブルゴーニュの特級畑をつくる生産者にとって、1級畑のワインを「セカンドワイン」と呼ぶことはありません。
何が違うのでしょうか?
そもそも目的が違う
セカンドワインをつくるのは、ファーストラベルの品質とブランドを保つためです。
ワイナリーの独自基準に基づいて、ブドウやワインをどちらのグレードに用いるかを決めます。
それに対してブルゴーニュの特級畑、1級畑というグレードは法律で定義されています。その年の品質が悪かったからといって、特級畑のブドウを1級畑のワインには使えません。
(畑名なしの1級ワインや、村名格、広域クラスのワインには使えます。「格下げ」と呼びます)
この目的に沿ったものであるなら、ボルドーに限らずセカンドワインはつくられています。
生産量比率が違う
ボルドーのようにセカンドワインをつくる生産者の生産割合は、ファーストラベルの方がセカンドワインより多いことが少なくありません。
もっとも生産比率を公表しているワイナリーが少ないので、あまり多くないデータではありますが。
とはいえワイナリーからするとなるべく高価なワインをたくさんつくりたいので、間違いないでしょう。
一方で大規模なワイナリーの中には、いくつものランク・グレードでワインをつくる生産者もいます。
チリの「コノスル」などを想像するとわかりやすいでしょう。自転車のマークの「ビシクレタ・レゼルバ」がベーシックで、「シングル・ヴィンヤード」「20バレル」などいくつものクラスがあります。
こういったワイナリーの生産規模はピラミッド型です。安いワインをたくさんつくり、上級ワインは限定品。それだけ高品質なものを大量につくるのは難しいことと、少ないからこそ特別感を出すためです。
ピラミッド型のラインナップの方がむしろわかりやすいでしょう。「セカンドワイン」の考え方は、1つの銘柄を大量につくって販売する形態であったボルドーだからこそです。
ボルドー有名シャトーのセカンドワイン一覧
現在セカンドワインはボルドーの有名シャトーのほとんどがつくっています。
有名なワイナリーに絞ってそのセカンドワインをご紹介します。
セカンドワインの名前が十分に周知され、ブランド価値や値段が上がってくると、その品質を保つ必要が出てきます。
なので「サードワイン」までつくっているところもあります。併せてご紹介します。
メドック地区 5大シャトーのセカンドワイン
ボルドーのメドック地区は1~5級に格付けされる61のシャトーが有名です。全て挙げると煩雑になるため、1級格付けの5つのシャトー、通称「5大シャトー」のみ取り挙げます。
ファーストラベル | セカンドワイン | サードワイン |
シャトー・ラフィット・ロートシルト | カリュアド・ド・ラフィット | |
シャトー・ラトゥール | レ・フォール・ド・ラトゥール | ポイヤック・ド・ラトゥール |
シャトー・ムートン・ロートシルト | ル・プティ・ムートン・ド・ムートン・ロートシルト | |
シャトー・マルゴー | パヴィヨン・ルージュ・デュ・シャトー・マルゴー | マルゴー・デ・マルゴー |
シャトー・オー・ブリオン | ル・クラレンス・ド・オー・ブリオン |
セカンドワインの販売例
※ムートンに関しては先述のため省略
当店がある程度古いヴィンテージのもののみを扱う方針というのもありますが、セカンドワインといってもかなり高価です。
ボルドー メドック以外のセカンドワイン
メドック地区以外のシャトーでもセカンドワインがつくられている例は非常に多いです。
こちらも有名なシャトーのみピックアップしてご紹介します。
地区 | ファーストラベル | セカンドワイン |
サン・テミリオン | シャトー・シュヴァル・ブラン | ル・プティ・シュヴァル |
サン・テミリオン | シャトー・オーゾンヌ | シャペル・ドーゾンヌ |
ポムロール | ル・パン | トリロジー |
ポムロール | シャトー・ペトリュス | なし |
ソーテルヌ | シャトー・ディケム | なし |
このように有名でありながらセカンドワインをつくっていないシャトーも存在します。
バルクワインからつくられる掘り出し物
セカンドワインをつくってないところは、どうやってファーストラベルの品質を保っているのでしょうか。
どんな優良生産者でもブドウの出来は自然に左右されます。品質基準に満たない区画もできてしまうでしょう。
またブドウの樹は定期的に植え替えが必要であり、若い樹に実るブドウはどうしても質で劣ります。
そのほかの原因で、期待に満たない味に仕上がってしまうワインも樽単位であります。
だからといって基本的に捨ててしまうことはありません。そういったブドウやワインを売買する仕組みがあります。瓶詰前のワインを、いわゆる「バルク売り」するのです。
そういう場合は生産者の名前を出さない契約を結びます。自身の名前で売るより安い金額になりますが、ブランド価値を傷つけずに販売できます。
そういったバルク売りされるワインは、ワイン商独自のラベルで瓶詰されます。たいていは低価格品ですが、稀に上級ワインも流通します。しかもなぜか「名前を書いてはいけないけど、〇〇のワインです」という情報が添えられています。
何かしらのバルク売りされる理由があっての価格なので、本家より美味しいことはありえません。でも有名シャトーの雰囲気を手頃に味わえるのは魅力です。
ボルドー以外のセカンドワイン
ボルドー地方以外でも、ボルドーに倣った生産体系をとっているワイナリーの多くはセカンドワインをつくっています。
少ない種類のワインを大量につくるという性質上、どうしてもボルドーに倣ったカベルネ・ソーヴィニヨン中心のブレンドのものが多いです。
イタリア トスカーナ州のセカンドワイン
イタリアワインの中でも特に知名度の高い「サッシカイア」はサードワインまでつくっています。
ここはセカンド、サードの生産量が多いのか、サッシカイアより安定供給されます。
ファーストラベル:サッシカイア
執筆時品切れ
セカンドワイン:グイダルベルト
サードワイン:レ・ディフェーゼ
こちらは名前だけ挙げておきます。
ファーストラベル:オルネッライア
セカンドワイン:レ・セッレ・ヌオーヴェ
サードワイン:レ・ヴォルテ
オルネッライアはセカンド、サードとあまりラベルデザインに統一感がありません。そうだと知っていないと関係のあるワインだとは気づかないでしょう。
ファーストラベル:ルーチェ
セカンドワイン:ルチェンテ
ナパ・ヴァレーのセカンドワイン
ナパ・ヴァレーのワイナリーはボルドーに倣った形態のところもあり、いくつかのセカンドワインがつくられています。
もっとも有名なのはファーストラベル「オーパス・ワン」に対する「オーヴァーチュア」でしょう。
執筆時品切れ
ファーストラベルよりも希少性が高く入手しにくいとあって人気が高いです。
そのほか有名なものを列挙します。
ファーストラベル | セカンドワイン |
ハーラン・エステート | ザ・メイデン |
インシグニア(ジョセフ・フェルプス) | カベルネ・ソーヴィニヨン・ナパ・ヴァレー |
それほど多くはありません。
例えばシュレーダーなどは畑ごとのブルゴーニュ的なラインナップ展開なので、価格の違いはあれどファースト/セカンドという位置づけではないのです。
「スクリーミング・イーグル」に対する旧名「セカンド・フライト」は、実はセカンドワインという位置づけではありません。それぞれカベルネ・ソーヴィニヨン主体/メルロー主体というスタイルの違い・コンセプトの違いがあります。誤解されることが多かったため、現在は「ザ・フライト」という名称が使われています。
チリのセカンドワイン
チリの高級ワイン生産者の中にはセカンドワインをつくるところもあります。
有名なものは「アルマヴィーヴァ」がつくる「エプ」や、「セーニャ」が最近作り始めた「ロカス・デ・セーニャ」などでしょう。
一方でフラッグシップワインはあるものの、セカンドワインに位置付けるものがないワイナリーも多いです。
複数の地域に畑を持ちラインナップの横展開をするところが多いため、ピラミッド型のラインナップの方がつくりやすいからでしょう。
その他の地域のセカンドワイン
白ワインにセカンドワインがないわけではありませんが、赤ワインに比べて少な目。
複数品種をブレンドしてつくる高級白ワインが、ボルドーを除くとそう多くないのが主な理由でしょう。
このワインの場合はファーストラベルの代わりにトップレンジの単一畑ワインが4種類あり、その畑の若木を使ってセカンドワインをつくっています。
このワインは次章で紹介する「セカンドワインのメリット」をハッキリ感じます。
セカンドワインのメリットとは
セカンドワインのメリットは主に次の2つ。
〇手頃な価格であること
〇早く飲み頃を迎えること
この特徴を次のように活かせます。
安いから飲み頃が早い?
リリースすぐに飲んでも美味しいのが一般的にセカンドワインの魅力です。
メドック地区1級シャトーをはじめとしたカベルネ・ソーヴィニヨン主体の高級ワインは、若いうちはタンニンが強すぎて飲みづらいことが多いです。最近は醸造技術の発達でかなり楽しめるようになってきましたが、それでも何十年後に飲むことも想定してつくっているのは事実。
一方でセカンドワインはそこまで長く熟成させることを想定されていません。
ファーストラベルに使えない品質のブドウを使うので、熟成ポテンシャルで劣るというのが1つ。もう一つはどんどん消費してたくさん買ってほしいという狙いでしょう。
ファーストラベルより安いから早く飲み頃を迎えるのか、熟成ポテンシャルなどの品質が低いから安いのか。卵が先か鶏が先かですが、あまり気にしなくていい。
それほど熟成していないファーストラベルとセカンドワインの同じヴィンテージを飲み比べて、セカンドワインの方が美味しく感じることはままあります。
お気に入りの生産者を見つけるための物色に
セカンドワインがつくられるような高級ワインは、ワインアドヴォケイトなどの専門誌の評価がついていることが多いです。だからそのポイントを参考に購入するワインを決めることもできます。
とはいえワインには好みがありますから、高評価ワインを必ず気に入るとは限りません。1本だけ買ってすぐ飲むならともかく、たくさん買って熟成させるなら大好きな銘柄にしたい。
だから高価なファーストラベルの購入を決める前に、自分好みのものはどれか見当をつけたいのでは?
そんなときセカンドワインを飲み比べることで、生産者ごとの特徴をある程度感じることができます。
先ほどご紹介したセカンドワインは本当の著名生産者に限ったので、どれも十分に高価ですが、もっと手頃なセカンドワインも多いです。ファーストラベルに比べると飲んで品定めするハードルがずっと低いでしょう。
スタイルの違いに注意
ただし注意すべきは、ファーストラベルとセカンドワインで味わいのスタイルに違いがあることが多い点です。
メドック地区の場合、ファーストラベルはカベルネ・ソーヴィニヨンの比率が高く、セカンドワインはメルローの比率が高いという例が多くみられます。
これはカベルネ・ソーヴィニヨンの豊富なタンニンが熟成ポテンシャルにつながり、メルローの豊満な果実味は若いうちから楽しみやすいから。
ブドウ品種の構成が大きく違えば、ワインの味の方向性が違ってきます。
セカンドワインが美味しくてファーストラベルが口に合わない例は、飲み頃の問題以外はあまり経験がありません。ただしファーストラベルの味わいが必ずしもセカンドワインをグレードアップしたものかというと、そうとは言い切れないのです。
知らない生産者はセカンドワインから
セカンドワインはファーストラベルのブランド価値を保つために、品質で劣る原料を用いてつくられます。
だから純粋な品質で比較するなら、ファーストラベルのワインに勝ることはありません。
しかしセカンドワインはより若いうちに飲んでも楽しめるようつくられています。比べて飲んだ時に「安い方が美味しい」と感じることも十分にあり得ます。
「安いから味がイマイチでも仕方ないでしょ」そんな意図でセカンドワインをつくっている生産者はいないでしょう。
セカンドワインで品定めをしてから、ファーストラベルを購入することを想定しています。だから若いうちに買ってすぐ飲んでも美味しく感じてもらえるようにつくっています。
興味を持った生産者がいてセカンドワインをつくっているなら、まずはセカンドワインから飲んでみましょう。
上手にセカンドワインを使えるようになれば、「高いワインを買ったのに口に合わなかった」のがっかりを減らせるはずです。