「ワインの名前ってどうしてこんなに長くて覚えにくいのだろう?」
ただでさえ種類が多いのに、名前が長くて覚えにくいのが、ワインの敷居を高くしてしまっている理由のひとつです。
無意味に長いわけではありません。その名前のルールを知れば、初見のワインの味わいを推測できることもあります。
ワインのラベル表示に関する意味とルールについてご紹介します。
ワインのエチケットから読み取れること
例えばこのワイン。商品名は「ポマール 2019 ピエール ボワッソン」です。
まあこれくらいの長さなら文句を言うほどの長さではない。
この商品名から次のことが読み取れます。
〇ブドウの収穫年は2019年
〇生産者の名前は「ピエール・ボワッソン」
〇赤ワインである
〇ブドウ品種はピノ・ノワール
〇ワインのクラスは村名格で「ポマール」村産
〇価格は7000~13000円くらい
〇華やかな香りでピノ・ノワールとしては味わいに厚みがあり、渋みもある程度感じる。10年以上の熟成能力があるだろう
「なんでわかるの?」と思われるかもしれませんが、これがソムリエになるために試験勉強した成果の一つです。
広義と狭義の「ワイン名」
冒頭で「ワイン名」と書かずに「商品名」と書きました。意味があります。
このワインの商品名は、「(狭義の)ワイン名」+「ヴィンテージ」+「生産者名」で成り立っています。
どれか一つ欠けても、このワインを特定できません。
これをすべてまとめて(広義の)ワイン名とする場合もあります。
なぜわざわざ商品名・広義のワイン名を分解するかというと、狭義のワイン名には命名ルールがあり、それがワインがどんなものかを教えてくれるからです。
名前の法則性を読み解く
では今度はこちらのワインで狭義のワイン名を見てみましょう。
「シャブリ(村名)」+「グラン クリュ(格付け)」+「レ ブランショ(畑名)」+「ラ レゼルヴ ド ロベディエンス(生産者独自の名称)」という構成なので、ワイン名が長くなっています。
ラロッシュという生産者は、この特急畑(グラン クリュ)であるレ ブランショを広く所有しています。その中に特にブドウの質が高い区画があるのです。一緒くたに混ぜて「レ ブランショ」としてワインにするのはもったいない。特別な区画は特別なワインにと、この生産者独自の名称をつけています。それによって通常の「レ ブランショ」と区別しているのです。
このようにブルゴーニュのワインでは、畑の名前ないし畑がある村・地区などが狭義のワイン名になります。
ブルゴーニュならではの識別標識
ブルゴーニュはブドウ品種のバリエーションが少ない地域です。
赤ワインはピノ・ノワール。白ワインはシャルドネ。これが基本。
ブドウ品種で違いがないからこそ、その畑・生産地区がワインの味わいの違いを生む重要な要素。
だからこそエチケットに一番わかりやすく畑名・村名が書かれていて、ワインを識別できるようにしているのです。
命名ルールを無視した自由な名前のワイン。ブルゴーニュでつくってはいけないわけではありません。
しかしそこに「ブルゴーニュ」と表記は許されない。「どこ産のものともわからぬテーブルワイン」扱いとなります。だからほとんどすべてのワインがこの法則性に則って命名されています。
それが産地として「ブランド価値」を築く上で非常に重要です。
その産地のワインを保証する「原産地呼称」
上記のようなワインは、「原産地呼称」に保護されたワインです。
それがどこでわかるかというと、「Appellation d’Origine Controlee」の記載。「AOC」と略されます。
「d’Origine」の部分にはそのワインの産地が記載されることがあります。なので上記の例では「Pomard」「Chablis Grand Cru」と置き換わっています。
この表記がワインのブランド価値を保証し、消費者はその表記を目印に目的とするワインを選ぶことができます。
原産地呼称とはワイン産地のブランド
〇〇っていう産地のワイン、どれも美味しいよね
多くの人にこのように認識されることが、ワイン産地のブランドです。
そのブランド価値を築き維持していくためには、「ガッカリされない」ことが大切。そのためには粗悪品や類似品を排除する必要があります。
原産地呼称の恩恵と義務
先ほどワインを保護すると書きましたが、何が保護なのか。
原産地呼称に登録されている名称は、ほかの産地のワインに使用することができません。地理的保護がされるのです。
例えばオーストラリアでピノ・ノワールをつくる生産者が、「おれのワイン、ポマールみたいな味するから『Pomard』って書いてやろう」と書いて販売することは禁止されているのです。
その代わりに「Pomard」を表記するうえでのルールに従ってワインをつくることが求められます。
シャルドネを植えて「Pomard」を名乗ることはできません。認可品種が決まっているのです。栽培法にも種々の規定があります。
この規定により、極端に粗悪なワインを生産されることを防いでいるのです。
AOPとは?AOCと何が違う?
AOPとはAppellation dOrigine Protegeeの略称。
実は2008年まで「AOC法」として定められていた法律は、「AOP法」に名前を変えています。
なので実質的には同じ。まだ暫定的にAOC表記を用いる生産者が多いのですが、いずれAOPに置き換わっていくのでしょう。
AOPの規定を破るとどうなる?
AOP法に則ったワインが、フランスでは上級ワインに位置付けられます。
しかし生産者によっては、AOP法から逸脱したワインをつくることもあります。
例えばその地域の典型的な味わいからかけ離れたワインをつくりたい。
例えばスペインなどから買ったブドウをつかって安いワインをつくりたい。
そうやってつくるワインは、AOPより下位のカテゴリに分類されます。
I.G.P.: Indication Geographique Protegee 地理的表示保護ワイン
V.D.F.:Vin de France テーブルワイン
IGPは単純にその土地で作られたことだけを意味するワイン。
もし産地をまたいだブレンドをするならば、テーブルワイン扱いとなります。
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たとえばこのワインがヴァン・ド・フランス。
ソーヴィニヨン・ブランの名産地であるロワール地方のプイィ・フュメと、ブルゴーニュ地方のシャブリ地区はそれほど離れていません。そしてシャブリには「サン・ブリ」地区のように一部ソーヴィニヨン・ブランが植えられています。
その両方に畑を持ち、合わせてワインをつくるなら、VDFとなるのです。
国ごとに異なるワイン法
日本に住む我々からするとあまり想像できませんが、ヨーロッパの国々は隣国が本当に近く。
例えば物価の高いスイスから、週末車を運転してフランスにワインを買いに行く。そんなことが気軽に行われます。
だから各国のワイン法がある程度共通していないと、消費者にとって不利益です。
言語が違うので同じ表記ではありませんが、各国のワインのクラスは下記の表のように対応しています。
国 | フランス | イタリア | ドイツ | スペイン |
PDO(原産地呼称保護) | AOC |
DOCG DOC |
プレディカーツヴァイン クヴァリテーツワイン |
DOCa DO |
PGI(地理的表示保護) | IGP | IGT | ラントヴァイン |
ビノ・デ・ラ・ティエラ |
テーブルワイン | VDF | VINO | ドイッチャー・ターフェルヴァイン | ビノ・デ・メサ |
意外と制約の多いイタリアのワイン法
イタリアの上級ワインにあたる格付けは「D.O.C.G」と「D.O.C.」の二つに分かれます。どちらも原産地呼称なのですが、D.O.C.G.がより上級。それでもイタリア全土に76ものD.O.C.G.が認定されています。(2022年現在)
イタリアは20州すべてでワインがつくられています。北端のあたりはワインがつくれないフランスとは、その点が大きな違い。国土は小さくともより多様なワインがつくられています。
だからこそイタリア人にとっても、ワインのだいたいのスタイルがわかるブランド名がエチケットに書いてあってほしい。
例えば「バローロ」。
ピエモンテ州の規定の地区でネッビオーロ100%からつくる赤ワインです。
規定はそれだけではありません。最低アルコール度数13%。38か月以上熟成させ、そのうち18か月は木樽で行う。収穫年から4年後の1月1日まで販売してはいけないなど、製造方法が事細かに決められているのです。栽培に関する規定もあります。
このルールが、消費者が「私が思っていたバローロと違う!」とガッカリするのを防いでいるのです。
ワイン法の想定を超えた「スーパートスカーナ」
ワイン法は単にワインのスタイルを決めるだけでなく、「規定通りにつくるのがその土地で上質なワインをつくる最良の方法だ」というガイドラインでもあります。
しかし生産者の想像力がワイン法の想定を超える場合もあります。
〇キアンティはサンジョヴェーゼに補助品種を使ってつくる
〇フランス原産品種を主体にしたワインなどトスカーナのワインじゃない
歴史や伝統から、そのような認識がワイン法に反映されていたのでしょう。
それをぶち破ったのが「サッシカイア」に代表される「スーパートスカーナ」と呼ばれるワインです。
当時のワイン法ではテーブルワインとして扱われる品種や栽培地。
そこでロバート・パーカー他評論家が絶賛するワインをつくり、世界がそのおいしさを認めたのです。
それは後にワイン法の方が変更される事例となりました。
とくに近年は地球温暖化の影響が各地で顕著に表れています。
「ワイン法どおりに今までやってきたワインづくりを続ければいい」という時代ではなくなっているのかもしれません。
新世界のワイン名ルール
新世界のワイン法は、ヨーロッパのものとは根本的に違います。
あるのは産地やセパージュ(ブドウ品種の使用割合)、ヴィンテージ表記に関するルールだけ。
基本的にどこにブドウを植えてもいいし、どんな醸造法でワインをつくってもいい。そしてどんな名前をつけるのかも自由です。
名前はワイナリーが決める
例えとしてカリフォルニアのワインを比較してみます。
まずはこちら。
「ジアポーザ」というのがブランド名。カリフォルニアは一つの生産者がいそれぞれの意図をもって複数のブランドを展開していることがあります。
そしてブドウ品種の「カベルネ・ソーヴィニョン」の表記があります。
最もシンプルなタイプです。消費者にはブドウ品種の特徴でワインを選んでもらおうという意図が感じられます。
続いてのワインの名前は長いです。
「ポール・ラトー」が生産者の名前。ブドウを購入してワインをつくる生産者ですので、「ハイド・ヴィンヤード」という畑の名前が表記されます。それからブドウ品種の「ピノ・ノワール」。さらに「マジック・モーメンツ」これは生産者がワインのイメージから独自につけている名称です。
もしあなたが、ほかの生産者がつくるハイド・ヴィンヤードのピノ・ノワールを飲んだことがあれば、ある程度味の想像はできるでしょう。
一方でこのワインは全く予想がつきません。
「コンティニュアム」のみ。1つしかワインをつくっていない生産者ですので、生産者名=ワイン名です。
飲んでみるまでは味が予想できません。しかし一度飲んで「このワイン美味しい!」となったときは、名前を憶えやすい。
そう思わせる自信があるということでしょう。
世界基準の85%ルール
ヨーロッパ以外のワインは、エチケットによくブドウ品種が表記されています。
例えば「Cabernet Sauvignon」と書いてあれば、カベルネ・ソーヴィニヨン100%でつくられていると思うでしょう。
実はこれは絶対ではありません。その国の法律で定められた割合以下なら、補助品種をブレンドしても構わないのです。
多くの国でその割合は85%。つまり15%までならほかの品種を使ってもいいのです。これはヴィンテージに関しても同じことが言えます。
先ほどの「ジアポーザ」も、カベルネ・ソーヴィニヨンの割合は88%。残りはメルローです。これもワインの表示ルール上はOKなのです。
ワインづくりの歴史が短いゆえに・・・
上記のような「〇〇を表記するなら××・・・」のような表示ルールはありますが、逆に言うとルールはそれだけ。
どんな品種をどんなふうに栽培してどんな醸造をしても文句は言われません。完全に生産者の自由なのです。
悪く言えばほったらかし。なぜか。
何が最善でそのためにどういうワインづくりをすればいいかわかっていないからです。
ニューワールドの中では栽培の歴史が長い南アフリカですら350年ほど。おそらく畑が十分に広がったのは、ヨーロッパに輸出が始まった100年後くらいでしょう。
ワインづくりにおいて重要なブドウの樹。ワインの品質にはその樹齢も必要なので、仮に植え替えサイクルを50年としましょう。一度植えてみて「もっと植樹密度を上げてみよう」や「畝の向きを変えようか」の判断ができるのが、1サイクルあと。「やっぱりこの品種、ここには向いていないじゃ・・・」となるまで長い時間がかかります。
だからニューワールドはどこもワインづくりは検証段階。
どんなブドウ品種が適しているかなどがわからないから、生産者の判断にゆだねているのです。
自由な名前のメリット・デメリット
世界にはいろいろなワインがあります。「ルーチェ」のように短く覚えやすい名前のものもあれば、「ランダースアッカー ゾンネンシュトゥール ジルヴァーナー アルテ レーベン シュペトレーゼ トロッケン 2019 トロッケネ シュミッツ」といういやがらせのように長いものも。(ちゃんと意味があります)
双方にメリット・デメリットがあります。
自由で短い名前は憶えやすい
「オーパス・ワン」「サッシカイア」などが有名に・人気になった理由として、最大のものはもちろん品質が高く美味しいから。そしてそれがワイン評価誌で紹介されたからです。
加えて「名前が短くて覚えやすい」という理由も少なからず寄与していることでしょう。ヴィンテージは置いておくなら、一単語でワインが特定される。
こないだモンラッシェ飲んだよ
へぇ~、いいですね。誰のモンラッシェですか?
え?覚えてない・・・
なんてことにならないのです。
(※モンラッシェはブルゴーニュにあるシャルドネ最高の畑で、いくつもの生産者が分割所有しています)
著名になること前提でないとつくれない
オーパス・ワンもサッシカイアも高級ワインです。気軽には手を出せません。
これらのワインを飲む方は、きっとこういうきっかけがあってのことでしょう。
「有名だから飲んでみたいと思って」「メディアで紹介されていておいしそうだったから」「人に勧められて」
その名前を知らない人が、ワイン売り場のショーケースに入っているのを見つけて、「美味しそう」と思って買うことはほぼ考えられません。
エチケットから中身を想像できないからです。
こういった自由な名前・エチケットのワインは、「有名になって売れるはずだ」という見込みがないとつくれません。
いえ、逆ですね。有名になったから私が知っているだけで、鳴かず飛ばずのまま消えていったワインがたくさんあるはずです。
ワイン選びに役立つ豆知識として
消費者に手に取って飲んでほしい。そう願わない生産者はいません。
たくさんのワインが並ぶ売り場で、その知識を持っている人にとっては選び方の指標になる。それがワイン法に則った規則性のある、長ったらしい名前なのです。
だからといって、「ワインを飲むなら原産地呼称の勉強をしろ!」なんて言うつもりはさらさらありません。それをわかりやすく説明したり、難しいこと抜きにワインの提案をするのがソムリエの仕事なのですから。
ただワインの名前を毛嫌いしないでください。
「飲み手のことを思っての名前だ」と思えば、多少は温かみも感じていただけるのではないでしょうか。