ピノグリというブドウ品種を理解するなら、白ワインとしてのスタイルとオレンジワインについて知りましょう。
コクがあるワイン、スッキリ爽やかなワイン、渋味のあるワイン、どれもピノグリからつくられます。
その背景にはブドウの性質をふまえたうえで、いかに美味しく特徴的なワインをつくるかの工夫があります。
「美味しい」の尺度をいくつも持つ面白いブドウ品種、ピノグリの特徴とおすすめワインをご紹介します。
ブドウ品種「ピノグリ」の特徴と栽培地域
「ピノ・グリ Pinot Gris」を直訳するなら「灰色の松ぼっくり」。ピノ・ノワールの突然変異で生まれたものと考えられています。
「灰色」というのは、黒ブドウほど色濃くならないブドウ品種のこと。とはいえ完熟したピノ・グリの色は、私にはほとんど黒ブドウのように見えます。
ピノ・ノワール、ピノ・グリ、ピノ・ブランはともにブルゴーニュ生まれで、同じ遺伝子を持つと言われています。
ピノ・グリの生まれに別の説
ピノ・グリが生まれた場所として、少なくともブルゴーニュのシャサーニュ・モランラッシェ村で突然変異が起こったことは分かっているそうなのですが、それと同時にドイツのファルツ地方でも別口でピノ・ノワールのグリ変異が起こったようです。この地にはピノ・グリの別名として『ルーレンダー Ruländer』という名称が残っています。(主に貴腐菌のついた甘口に用いられます。1711年の記録が残っているそうです。
※出典 『The Grapes』ジャンシス・ロビンソンMW 『ドイツワインの魅力』岩本順子
ピノ・グリのシノニム(別名)
ブドウ品種には往々にして「地域に根差した別の呼び方」というものがあり、「シノニム」と呼びます。日本で魚の呼び方が地方によって違うようなものです。
ピノ・グリにもシノニムはいくつもあるのですが、その代表格は「ピノ・グリージョ」。主にイタリアで使われます。
他にドイツで使われる「グラウブルグンダー Grauburgunder」「グラウアー・ブルグンダーGrauer Burgunder」や先述のルーレンダーがあります。
ピノ・グリの栽培地域
国別のピノ・グリ栽培面積は下記の通り
順位 | 国名 | 面積 |
---|---|---|
1位 | イタリア | 2.4万ha |
2位 | アメリカ | 8千ha |
3位 | ドイツ | 6千ha |
4位 | アルゼンチン | 4千ha |
5位 | フランス | 3千ha |
6位 | ニュージーランド | 2千ha |
合計5.4万ha
きっとピノ・グリの栽培地域でフランスのアルザス地方を思い浮かべる方は多いはず。実際高級品がつくられてはいますが、実は栽培面積としてはそれほど多くありません。
ピノグリについて栽培面での特徴
先述のとおりピノ・グリはピンク色に熟す品種ですが、その色合いは地域により様々です。暑い地域のピノ・グリを完熟させれば、ピノ・ノワールと差がないくらいまで濃い色となるそうです。
発芽と成熟が早い品種で、冷涼な地域でも熟すことができますが、その分春先の霜にやられてしまうリスクはつきまといます。
「ピノ=松ぼっくり」とつくだけあり、ブドウの房は小さ目で、粒も大きくなりません。
果皮が薄いため貴腐菌が付きやすく、極甘口の貴腐ワインが作られることもあります。
一方で酸味は中程度からやや弱め。ブドウの収穫期に急激に酸味が落ちる特徴があります。
この特徴が栽培地ごとのピノ・グリのスタイルに影響を与えます。
ピノ・グリとピノ・グリージョ
先述のとおり「ピノ・グリージョ Pinot Grigio」とはイタリアにおけるピノ・グリの別名。植物としての分類はピノ・グリと同じです。
しかしワインの味わいとして分類するなら、この2つには別のブドウ品種かと思うほどのスタイルの違いがあります。
ピノグリの典型的な風味
アルザスのピノ・グリを思い浮かべて、典型的なスタイルを考えてみましょう。
ピノ・グリの典型的な香りは、洋ナシや有核果実が中心で、スモーキーさやハチミツ、蜜蝋を特徴として挙げる例もあります。(※)
ワインの表現でよく目にする「有核果実」とは、中心に1つの大きな種を持つフルーツの総称。桃やアプリコット、マンゴーなどを指し、「ストーンフルーツ」と呼ばれることもあります。柑橘類よりも酸味が穏やかで甘味が強く、トロピカルフルーツほどではない。苦みを連想させるニュアンスはない場合に使います。
実際にピノグリの酸味はリースリングやソーヴィニヨン・ブランなどに比べて低く、シャルドネと比較しても低いことが多いです。
代わりに味わいにコクがあります。ワックスやオイルのように少し粘性を帯びたような厚みのある口当たり。フルボディの赤ワインのような重たさではなく、舌全体を包み込むようなイメージです。
典型的なピノ・グリの白ワイン
上記の特徴を備えたピノ・グリを味わいたいなら、まずはヒューゲルが教科書どおりです。
ワインスクールでピノ・グリの説明に教材として用いられがちな銘柄です。意外性は全くありませんが、アルザスワインとして比較的手ごろなのが魅力。私もかつてお世話になりました。
ニュージーランドやオレゴン州のピノ・グリも、アルザスの典型的なスタイルに準じるイメージです。
例えばこのピノ・グリを専門とする珍しい生産者「ギブソン・ブリッジ」のものは、洋ナシのニュアンスがよく現れています。
ピノ・グリは「アロマティック品種」に分類されます。実際熟度の高いピノ・グリは非常に香り高く、アルコール度数が高めです。
ドイツのピノグリ(グラウブルグンダー)はもう少し酸味が高く、粘性を感じるものはあまりありません。溌溂とした酸味は、どちらかというと「ピノ・グリージョ」に近いかもしれません。
冷涼産地産の上質なピノ・グリ
アルザスよりももっと冷涼な地域であれば、よく熟した豊かな風味とキレのいい酸味を両立できます。ただし冷涼であればそれだけ霜害の被害を受けやすいので、栽培にリスクを伴います。
その困難に挑んでいるプロゲッツ・ロックのピノ・グリ。アルザスでも修行を積んだ生産者だけあって、目の覚めるような美味しさです。
なかなかピノ・グリとしては勇気が必要な価格ですが、十分にそれに見合った満足を約束してくれます。
ピノグリージョの典型的な風味
フランスやドイツよりも全体として温暖なイタリア。同じように風味の成熟を待っていたら、酸味は低くアルコールが高くなりすぎて、ぽってり重たいワインになってしまいます。そこで早く収穫します。
早摘みのピノ・グリージョはリンゴや柑橘の控えめな香りを持ち、オイリーな口当たりはなくフレッシュな酸味が特徴です。
正直このスタイルでは、風味豊かな高級ワインは望めません。基本的には普段飲みのガブ飲み系白ワインがつくられます。低価格帯のピノ・グリージョであれば、銘柄によってそれほど大きな風味の違いは感じません。
風味が強くない分、相性の悪い料理が多くありません。食中酒としていろいろなものとバクバクグビグビ楽しみたいときには便利なワインです。
一方でイタリアの中でもフリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州は比較的冷涼。なのでここではもっと上級クラスのワインもつくられます。
このワインは「ピノ・グリージョ」スタイルながら適度な飲みごたえがあります。
中には「ピノ・グリ」スタイルに近い飲みごたえのある「ピノ・グリージョ」もつくられています。
ピノグリとピノグリージョの違い
まとめると「ピノ・グリ」スタイルの白ワインは、完熟したピノ・グリからつくります。有核果実のようなアロマティックな香りとオイリーな厚みのある口当たりが特徴。
それに対して「ピノ・グリージョ」スタイルの白ワインは、早摘みによって酸味を保ちます。香りは控えめでフレッシュな酸味を持ち、食中酒として使いやすい手頃なワインになります。
双方ともに基本的にはステンレスタンク発酵・ステンレスタンク熟成です。
ドイツのグラウブルグンダーは、冷涼な気候から風味や酸味はピノ・グリージョ寄り。しかし成熟期間の長さから香り豊かなものも少なくなくありません。
当店にはありませんが、樽熟成でつくられる高級品は非常に豊かな風味を持ちます。
違いが出にくい ピノグリの弱点
生産者や販売者にとってピノ・グリの面白くない点があります。
それは同じスタイルでつくるピノ・グリには明確な違いを感じにくい点です。
「オレゴン産のピノ・グリ、約3000円」
価格も醸造法も同じようなピノ・グリを並べて飲んでも、正直あまり違いを感じない。以前オレゴンワインの試飲会にてそんな印象を持ちました。
消費者からすると「ピノ・グリだからこんな味だろう」と予想して買って裏切られないというメリットがあります。
しかし販売者からすると「他のピノ・グリじゃなくてこの銘柄をおすすめ」する理由を見出しづらい。
当店がオレゴンやニュージーランドのピノ・グリを積極的には採用しないのは、この理由があります。
たいたいに多様な味なら、そりゃ安い方がいい。安くて美味しいもの1本置いていればいいのですから。
「コクがある」というほどの凝縮感はありませんが、有核果実の風味、やわらかい酸味とオイリーな口当たりといったピノ・グリの特徴はしっかり感じられます。
醸造法で差をつける!ピノグリのオレンジワイン
ピノ・グリにしてもピノ・グリージョにしても、価格帯と産地が同じなら割と風味が似通ってくる傾向があります。
低価格帯のワインを地元消費用に販売するなら、それでも十分なこともあります。例えば先述のようにアメリカではたくさんのピノ・グリがつくられています。レストランやワインバーのグラスワインとして流行っているという話も聞きます。しかし日本にはあまり入ってきません。
アメリカという大きなマーケットでおおよそ消費されてしまうのでしょう。
一方でもっと上質なピノ・グリを個性のあるワインとして世界に販売したい。そう考える生産者は醸造法を工夫して差別化する傾向があります。
その代表格がオレンジワインのスタイルです。
オレンジワインとは
簡単に言うなら白ブドウを赤ワインのように醸造したのが「オレンジワイン」、別名「アンバーワイン」です。
赤ワインが赤いのは、果汁に果皮を浸した状態で発酵させて色素が抽出されるから。白ワインが薄い黄色なのは、一つは果皮が赤くないからですが、まず圧搾をして果汁だけで発酵させるからです。
赤ワインと白ワインの違いについてはこちらの記事を参照▼
赤ワインほど濃くはなくとも、白ブドウを果皮とともに発酵させれば色がつきます。その色素が酸化で色味を増すと、オレンジ色や琥珀色になります。それがオレンジワインです。
果皮からの風味やタンニンが加わるので、同じブドウ品種の白ワインとは違った風味が感じられます。また程度の違いはありますが渋味を感じます。
果皮の色が赤みがかったピノ・グリでオレンジワインをつくれば、ロゼワインのような色になります。
ピノグリージョに他と違う個性を
「スッキリ爽やかだけど個性に欠けるワイン」
そういったものが多いピノ・グリージョも、オレンジワインにすればしっかり特徴的なワインになります。
オレンジワインの多くに共通して感じられる、かんきつ系フルーツの皮のような風味。酸味とほのかな苦みを想わせる香りを持ちます。黄桃のような香りにそれが加わることで複雑さを得ています。オレンジワインとしては渋味は控えめな部類ですが、それでもしっかりと飲みごたえを与えることに貢献しています。
このワインの面白いところが、先ほどのフィルターを通したものと、ノンフィルターのものを併売していること。
果実味の透明感は少し減るかわりに、旨味のようなものをほのかに感じます。
オレンジワインの入門ポジションに
「オレンジワイン」という言葉はここ数年で大きく広まったものです。
しかしその製法自体は新しいものではありません。ジョージアでは8000年も前から伝統的に行われてきたものと考えられています。
ジョージアの土着品種を使うのと、「クヴェヴリ」と呼ばれる甕(かめ)で醸造するため、かなり個性的な風味を持つものが多いです。私も最初に口にしたときはビックリしました。
「もう少し個性を抑えたオレンジワインを」と考える際に、ピノ・グリが選ばれることが多いようです。
ステンレスタンクで醸造し、果皮を漬けておく期間を短くしてタンニンを抑制します。そうすれば、「ちょっと刺激のある個性的な白ワイン」程度の味わいに仕上がります。
ロゼワインと思って飲んだとしても違和感ないでしょう。
暖色系の灯りだともるやや薄暗いワインバーで、ブラインドテイスティングをしたことがあります。ロゼワインとオレンジワインの違いは、見ためには全くわかりません!イジワルはやめてください(笑)
まるでロゼワインな白ワイン
ドイツの生産者ベッカーがつくるこの2本のピノグリは、一応白ワインの分類。
こちらはほんのりピンク色
こちらは完全にロゼワインの色
この生産者の場合は「オレンジワイン」というわけではありません。
発酵を始める前にブドウを潰して、発酵しない低温で保管します(低温マセラシオン)。それにより果皮の色素や風味は抽出されます。しかしタンニンは水よりアルコールに溶けやすい性質があるため、発酵前にはあまり溶け出しません。
それゆえ色は濃いが渋味はほとんどないのです。
同じつくり方で「ロゼワイン」表記?
同じようにピノ・グリを低温マセラシオンしてつくったものを、ロゼワインとして販売している例もあります。
先ほどのベッカーよりむしろ色は淡いのですが、メーカーさんはロゼワイン扱い。とはいえラベル表記があるわけではないので、些細な違いなのでしょう。ピノ・グリの果実感がほのかに甘い香りとなって現れます。
夕食時のピノグリをもっと美味しく飲む方法
ピノ・グリは先述の通り、オイリーな口当たりでコクのある味わいが特徴。
そのため私の持論は「ピノ・グリは植物性油脂と相性がいい」というものです。
具体的には天ぷらやアヒージョ。
素材自体は味の濃いものではなく、赤ワインだとその味を覆い隠してしまう恐れがある。
しかし白ワインだと食べ物の程よい重たさ・コクに負けてしまいがち。
そんなときにぜひピノ・グリをお試しください。
「ピノグリージョ」ではなく「ピノ・グリ」です。コクがあってこそ、しっかり料理を受け止めることができます。
植物性油脂ではありませんが、クリームソースやシチューなどにもピノ・グリは好相性です。
3つのピノ・グリを好みと気分にあわせて
有核果実の風味とコクが魅力な「ピノ・グリ」のスタイル。
スッキリ爽やかな味わいで控えめな風味と価格の「ピノ・グリージョ」スタイル。
醸造で際立った個性を獲得した「オレンジワイン・ロゼワイン」のスタイル。
ピノ・グリの味わいは大きくこの3つに分類することができます。まるで別品種のように違い、それぞれの魅力があります。
そしてどれもシャルドネ、ソーヴィニョン・ブラン、リースリングといった人気品種では変わりの効かないもの。
ぜひともあなたの晩酌ローテーションにピノ・グリを取り入れてみてください。他の品種ではピッタリとはいえない、「かゆいところに手が届く」ワインとなることでしょう。