「シャブリ」とはブルゴーニュ地方北部の生産地区の名前であり、そこで産出されるシャルドネの辛口白ワインです。
豊かな酸味によるスッキリとした味わいと、土壌に由来するだろうミネラル感が特徴です。
かつてはリーズナブルだった値段と晩酌における使いやすさで、昔から非常に人気の高いワインです。
ワイン好きなら一度ならず口にしたことがあるだろう「シャブリ」を、基礎知識から丁寧に解説します。
知らないことは恥ずかしいことではない
正直に告白します。「いまさら聞けない」とは煽り文句として書きました。
私の本心としては、「どんな有名ワインを知らなくたって、恥ずかしいことではない」と考えています。だって知るのが早いか遅いかの違いだけですから。
もちろん、「一般消費者ならば」の前提です。
有名ワインを知って飲むメリット
それでも有名なワインの種類やワインの銘柄が広く知られて飲まれているのには、それぞれ理由があります。
あなたの口に合う・合わないは別にして、多くの人が継続して飲んでいるワインを知って試してみるのはプラスになるはず。
例えば今回の「シャブリ」は「酸味が高い」ワインです。それをあなたがどう感じるかで、その後のワイン選びがしやすくなります。
「シャブリを私は酸っぱく感じたから、もう少し酸味が穏やかなワインを探そう」という風に。相談する際も正確に意図が伝わります。
有名なワインを飲むことは、あなたのワイン経験値を上げてくれるでしょう。
シャブリとは その味わいの特徴と人気の理由
20年のデータで(※)日本に対するブルゴーニュワインの輸出は727万本。うち白ワインが58%を占めます。
そのうちシャブリとプティ・シャブリで41%を占めるそうです。
日本に入ってくるブルゴーニュワインの4本に1本くらいはシャブリ。その人気の理由を考察します。
※ https://www.bourgogne-wines.com/bourgogne-week-japon/gallery_files/site/54056/54058/67815.pdf
「Chablis」の味わいとは
極めて端的にシャブリの味わいを表現するなら、「スッキリ辛口の白ワイン」です。
でも「スッキリ辛口の白ワイン」がシャブリしかないかというと、いくらでもあります。
シャブリはワインの種類ですから、多くの生産者が幅広い価格帯の「Chablis」をつくっています。
だからワインの銘柄によっても風味は違いますし、ヴィンテージや熟成年数によっても様々です。
なのでブルゴーニュワイン委員会のシャブリのHPから引用します。
色調は澄んだ淡い黄金色または緑を帯びた黄金色。非常にフレッシュで生き生きとしたミネラル感が際立つ。火打石、青りんご、レモン、さらに森の下草、茸(ハラタケ)の香り。菩提樹、ミント、しばしばアカシアや甘草、刈った干草の香りを伴う。年とともに、より黄金色が濃くなり、スパイスのニュアンスが高まる。口に含むと溌剌とした香りが長く残る。アタックはワインの香気が華やかに立ち昇り、余韻は長く、穏やかで甘美な心地よさを残す。非常に辛口で、完璧な繊細さをもつシャブリ/Chablisは他に類を見ない特質を有し、すぐにそれと分かる。「シャブリ/Chablis」という名前は、世界中でその名をつける権利のないワインに乱用されてきた。ご注意あれ。真正のシャブリ/Chablisはただ一つである。
https://www.chablis.jp/explore/chablis-appellations/chablis/chablis,2127,8348.html?
シャブリの味わい表現をかみ砕く
ブルゴーニュ委員会はシャブリを含めたブルゴーニュワインの啓蒙活動を行うわけですから、各地域のワインを『最大評価』します。
つまり上記のような特徴の一部を備えたシャブリは存在するが、すべてを兼ね備えた完璧なシャブリは、おそらく存在しないか出会えない、ということです。
例えば「余韻は長く」とありますが、余韻の短いシャブリもたくさんあります。
それでもほぼすべてのシャブリに共通するもの。
ソムリエが「シャブリらしいね」と感じる特徴を挙げるなら、「非常にフレッシュで生き生きとしたミネラル感」というところでしょう。
「ミネラル感」というのはワイン特有のもので、非常に説明の難しい風味表現です。
砕けた岩や濡れた石、石灰の粉を思わせるような香り。あるいは苦みに似た舌への刺激を「ミネラル感」と表現されることが多いように感じます。
それが心地よく高い酸味を伴って感じるのが、シャブリの大きな特徴です。
晩酌用の白ワインとして人気
シャブリは小売店でもたくさん販売されます。つまり多くのワイン好きが買って家で消費し続けているということ。
その理由は晩酌用ワインとして優秀だから。苦手とする食材・料理があまり多くなく、いつでも開けやすいワインだからでしょう。
後述しますが、シャブリやプティ・シャブリはオーク樽を使わず、ステンレスタンクのみで発酵・熟成をされることが多いです。風味が派手すぎずスマートな味わいは、料理との悪い相性で生臭くなったり苦みが出たりということが少ないです。酸っぱさが強調される組み合わせもあるので「万能」とまでは言いませんが、まずまず優秀。「このワインを開けるなら料理は・・・」と考える必要はあまりないのです。
加えて5年前はまあまあ手頃だった。2000円以下でもたくさんの「格安シャブリ」が見つかり、3000円以下で入手可能な銘柄はもっとたくさんありました。
「有名なワインでそれほど高くない、それでいて使いやすい」ワイン選びに困ったときの安全策として買うのに適当なワインでした。
レストランで勧めやすいから人気
2019年に東京都のレストラン200店舗を調査した結果によると、61%の店舗が何かしらのシャブリを扱っていたそうです。
「シャブリ」というワインの生産者による味の振れ幅は、それほど大きくはないです。だいたい期待通りの味。
もちろん生産者により特徴はあれど、知らない生産者のものを飲んで、想像してた味のスタイルから大きく外れることは少ない。
だからレストランのボトルワインリストに載せておけば、お客様も注文しやすいし、ソムリエも販売しやすいワインなのです。
加えて先行者利益もあるでしょう。「ワインと言えばフランス」の時代からずっと飲まれてきました。今より格段に流通する銘柄が少ない時代から「Chablis」は日本にあったわけです。当時に確立したブランド価値を今も保っているわけです。
シャブリとは 産地の場所と気候
前章で述べたようなシャブリのワインとしての特徴は、シャブリという産地の特徴に起因します。
中でも大きく影響を与えているのは、産地の位置による気候と土壌でしょう。
シャブリの位置
シャブリの位置はこの地図のとおり。
北緯47度81分というのは、北海道の北端である稚内よりもさらに北。樺太の南部に相当します。
つまり日照が弱く冷涼です。
さらにフランスの内陸部にあります。このために気候は大陸性気候。ボルドーなどの海洋性気候と違って、夏と冬、昼と夜の寒暖差が大きいのが特徴です。
ブドウは一定の気温以下になると糖度の蓄積と酸味成分の分解を止めます。昼間はしっかり気温が上がり、夜は冷えることで、酸味を保った風味豊かなブドウが収穫できます。シャブリの寒暖差が高品質なワインを生むのです。
冷涼な気候ゆえの畑の選択
シャブリはなだらかな丘が続く丘陵地帯です。
今ほど地球温暖化が進んでいなかった時代。ブドウ栽培家の悩みはなかなか完熟しないことでした。少しでも日照を効率的に浴びて糖度が上がるよう、人々は平地ではなく斜面、それも南向きの斜面を選んでブドウを植えました。安定してブドウが熟すのがいい畑であり、その最たるものが特級畑です。
また、斜面の畑は空気が溜まりにくい性質があります。冷気が一か所に留まらないので、平地の畑に比べると霜害のリスクが少ないと言われています。
シャブリの味を特徴づけるキンメリジャン土壌
「シャブリといえば牡蠣の化石を含む土壌」
シャブリの話ではとかく土壌について語られがち。それはシャブリの「キンメリジャン」と呼ばれる粘土石灰質土壌が、シャブリの味わい、特にミネラル感に影響していると考えられているからです。
キンメリジャン土壌とは
シャブリの地はかつては海の底でした。それゆえ小さな牡蠣の化石を含む石灰岩がたくさん見つかります。
浅い海だったころはそこに多くの生き物が住み、そして死んで化石となっていきました。
途方も長い年月をかけ、大地は隆起と沈降、そして風化を繰り返し、現代の形となります。
そのなかでシャブリ地区の主な土壌は、「キンメリジャン期」と呼ばれる時期に形成されたものです。
キンメリジャン期とは、中生代のなかの分類のひとつ、ジュラ期の後期、その中期にあたる約1億5570万年前~1億5080万年前までのことを指します。
つまり「キンメリジャン」とは土壌が形成された年代の名前、地質学用語なのです。
シャブリ以外にも貝殻石灰質の土壌は他にもありますが、「キンメリジャン」と呼ばれる土壌は他には聞きません。
キンメリジャンだからミネラル豊かなワインになる?
ワインではなく化学用語で言う「ミネラル」とは、生体を構成する主要4元素以外の元素の総称。酸素・炭素・水素・窒素以外を言います。
石灰石とは炭酸カルシウムのことですから、キンメリジャン土壌にカルシウム(ミネラルの一種)が多く含まれているのは間違いありません。
しかし、だからといってブドウの樹がたくさんカルシウムを吸い上げるかというと、そんなことはありません。ちゃんと必要な栄養素を必要なだけ吸い上げます。
また、仮にワインの中にカルシウムイオンが多く溶けていたとしても、それが香りとなって上がってきて感じられることはない、と断言できるそうです。
「キンメリジャン土壌だからミネラル感豊かなワインになる」と言えるほどの因果関係は解明されてはいません。ですがこの土壌とミネラル感がシャブリを特徴づける重要要素であることは間違いありません。
典型的なシャブリとそのグレード
ここまでは「シャブリ地区で生産される白ワイン」という意味で「シャブリ」と使ってきましたが、より詳しく述べると「シャブリ」にも4つのグレードがあります。
先述の特徴は、村名格の「Chablis」に当てはまります。
プティ・シャブリとは
プティ・シャブリはこの地区で生産されるワインで最下級のグレード。シャブリとは生産区画がきっちり分かれており、その畑は主に平地です。
斜面の畑に雨が降れば土壌が流れだします。それは平地に積もります。だから平地の畑は表土が厚く、石灰質の基盤岩まで遠いので、土壌の特徴が現れにくいと考えられます。また土壌の形成時期もキンメリジャンより新しいそうです。
シャブリ地区全体に畑が分布しており、気候は同じです。「冷涼産地産のシャルドネ」の特徴はしっかり現れていますが、ミネラル感に違いを感じる場合が多いです。同じ生産者で「Chablis」と飲み比べてみると理解が深まるでしょう。
村名格シャブリのおすすめ銘柄
これまでご紹介してきた「Chablis」の特徴を忠実に表現しているのがこちら。
僅かに樽発酵したものをブレンドしていますが、ほとんど感じません。
ドルーアンがつくるものは樽発酵によるリッチさをある程度感じます。
昔から知っている方には、「今こんなに高いの!?」と感じるかも。
上記の2生産者とも、少なくとも「小規模」とは言えない畑面積を所有しています。だから希少価値による価格上昇はありません。
これが現在のシャブリ村名格の相場観と言っていいでしょう。もう少しだけ安い生産者やお店はあるでしょうが、スタンダードで4000円前後。ちょっと「気軽に晩酌に開けるワイン」ではなくなってしまっています。
なので見つけてきました。今でも普段飲み価格で手に取りやすいシャブリ。
正直、ある程度の妥協は必要です。
それでもシャブリの「スッキリ爽やかな味わいとミネラル感」という特徴はきっちり表現されています。それでこの価格なら優秀です。
1級・特級シャブリとの違い
シャブリ・プルミエ・クリュ(1級畑)やシャブリ・グラン・クリュ(特級畑)からつくられるシャブリは、生産量が少ない高級品。
香りのボリュームや余韻の長さといった要素で村名格のシャブリに勝り、スケール感が大きいのは当然です。加えてワインのスタイルが違う場合も多いです。
村名格のシャブリはステンレスタンク発酵・熟成でスッキリ系に仕上げられることが多いです。
対して1級・特級のシャブリは、どちらかというとオーク樽発酵・熟成でリッチなスタイルが多いのです。
その特徴を感じるものとしておすすめはこちら。
村名シャブリとの価格差が小さいのは、数年前に仕入れてから価格改定していないから。いわば売れ残りですが、熟成により樽香と調和した香りを楽しめるので価値ある1本です。
ビヨー・シモンはシャブリの生産者としてはやや価格抑えめですが、グラン・クリュとなるとこのお値段。
一方で上級ワインもオーク樽熟成を部分的にしか行わない、あるいは全く行わない生産者もいます。
パトリック・ピウズはなかなか醸造情報を得づらい生産者なのですが、「樽を効かせてリッチに」というのはあまり当てはまりません。
樽熟成したリッチなワインは、ブルゴーニュのコート・ド・ボーヌやそのほかの地域でたくさん見つかります。わざわざシャブリの中で探さなくてもいいかもしれません。
シャブリから始まる白ワインの探求
ワインを長年飲んできている人は、「シャブリの味わい」イメージをある程度共有していると言えるでしょう。だからシャブリが好きか嫌いかに関わらず、それを基準にした話をしやすい。これが有名ワインの大きな利点です。
一方で2019~2021年まで続いた凶作と近年の円安などが響き、ここ数年でシャブリの価格は大きく上昇しています。
シャブリの味が本当に好きで他では満足できないなら、家飲み予算や飲む量を調整するしかない。
他にお気に入りを探すという手もあります。シャブリはここでしかつくれませんが、シャルドネの辛口白ワインというだけなら世界中に無数にあるのですから。その探求のためにも、共通言語としてシャブリの味わいを知っておいて損はない。
シャブリを飲んだことのない方も、近頃はあまり口にしていない方も、今一度定番のこの味わいを確認してみませんか。