ワインの説明書き、その多くにライトボディ/ミディアムボディ/フルボディの表記があります。
どうやら世間一般には「ミディアムよりもフルボディの方が美味しい」と思われているようです。「フルボディのワインのおすすめ教えて」とはよく聞かれますが、「ライトボディで~」は聞かれたことがありません。
「フルボディ」の方が「ミディアムボディ」より上質なのでしょうか?
その質問は、Noとも言えるしYesとも言える、非常に難しい問いです。
一般的に使われる「ボディ」とは
「~ボディ」という用語は、定義が統一されているわけではないし、基準値には個人差がある。
まずはこれをハッキリ知っておいてください。
味覚を表す難しさ
そもそも風味や味わいに関することで、明確に定義できることの方が少ないのです。
「このクッキー、甘い?」なんて聞かれたら、答え方に困りますよね。
クッキーである限り砂糖は入っているでしょうから甘味はあるのですが、こう質問する人が知りたいのはそういうことではありません。
自分にとって、甘すぎる/結構甘い/ちょうどいい甘さ/甘さ控えめ/物足りない かどうかを知りたいのです。
小さな子供が親に対してする質問なら、まあ何とか答えられるでしょう。
その子が今までどんなものを食べてきて、どう反応したかをだいたい知っているからです。
相手の味覚を深く知っていなければ、「甘い?」というシンプルな質問にすら答えに窮するのです。
一般的な認識の「~ボディ」
明確な定義はない、という前提で「~ボディ」の意味を言葉にするなら、「風味の濃さ・舌の上で感じる重量感」です。
この2つは微妙にニュアンスが違います。どちらかだけなら、何かしらの矛盾が生じてきます。
2つの言葉が指すものを総合的に判断して、「ミディアムボディ」「フルボディ」をみなは使い分けているようだと、私は感じます。
風味の濃さとは
要するに味の濃さですが、ワインを口に含んだ時に感じる様々な刺激のうち、タンニンや酸味、アルコールなどによる要素を切り離したものです。
香りとは別に考えるべきですが、香りの影響は大きく受けます。
例えば赤ワインで、ブルーベリーやカシス、バニラのような風味があるのであれば、それがどれくらい強くハッキリと感じられるか、ということです。
これはワインの価格にかなり影響される要素です。
舌の上で感じる重量感
これは日本人には「コク」と言ったらなんとなく理解しやすいでしょう。
ワインのアルコール度数に影響を強く受けます。
ワインに含まれるグリセリンの量にも左右されるでしょう。
「舌の上で重たく・強く感じる」かどうかと、「その味が長くとどまるか = 余韻の長さ」とは分けて考える必要があります。
アルコール度数が高く、コクのあるワインは「フルボディ」表記される傾向にあります。
例え話 ミディアムボディとフルボディ
あくまで私の例えです。
ミディアムボディとフルボディの違いは、焼き鳥の塩とタレです。
塩に比べてタレは、砂糖や醤油のなどの風味をより多く感じ、粘性があるので舌の上にねっとりと残ります。
塩とタレを比べたら、タレの方が「味が濃く」感じるでしょう。
しかし、焼き鳥はタレの方が美味しいのでしょうか?答えはNoですよね。
正確には、焼き鳥の部位による、料理人の腕による、食べる人の好みによる、です。
ミディアムボディのワインよりフルボディのものが、風味は濃く、舌の上で重さを感じますが、だからと言って上質というわけではないのです。
WSETの「フルボディ」の定義とは?
ワイン&スピリッツ エデュケーション・トラスト(WSET)という国際的なワインの教育機関があります。
世界最大のワイン教育機関で、世界70か国で年間9.5万人の人がそのプログラムを受講します。
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WSETの認定する資格の頂点が、マスター・オブ・ワイン(MW)です。
世界で400人あまりしか認定を受けていない超難関の資格で、マスター・ソムリエと並んでワイン業界の最高峰と考えられています。
MWの取得者は、ジャンシス・ロビンソンMWのようなジャーナリストをはじめ、ワイン業界に大きな影響力を与える人物が多くいます。
WSETの定義
そのWSETによる定義は「ボディとはワインが与える舌ざわり(テクスチャ―)の印象で、口当たりとも言われる。一つの成分ではなく、あらゆる構成成分が影響しあって生まれる全体的な印象がボディである」とあります。
その最も重要な要素がアルコールの強さ。
11%未満を弱い、14%以上を強いと定義し、その間が中程度。
それがほぼそのままライトボディ/フルボディとその中間ミディアムボディと表します。
ただし、タンニンが少なければボディは軽くなり、タンニンが多いとボディは重たくなる。
また酸味が高いとボディが軽くなり、低いと重たくなるので、厳密にアルコール度数だけではないとしています。
WSETの定義による品質の優劣
WSETのレベル3では、ワインの品質を4段階で判断できることが求められます。
その品質に関わる要素が次の4つ
バランス
後味の長さ
凝縮度
風味の複雑さ
実はボディの強さはワインの評価にはほぼ影響しないのです。
凝縮度が高い≒フルボディ
「ほぼ」といったのは、凝縮度の高いワインはフルボディのものが非常に多いからです。
凝縮度を高めるためには、栽培で収量制限をする必要があります。それは、樹齢の古く生産量が自然と落ちるブドウの樹を用いるか、冬季・夏季の剪定作業において1本の樹になる房の数を制限すべく間引くことで達成できます。
それ以外の方法で凝縮度を高めようとしても、たいてい碌なワインになりません。
そういったものは単純な濃さだけでなく風味のスケールも高いので、「フルボディ」と表記される傾向にあります。
一方でアルコールが13%以下のピノ・ノワールをはじめとして、バランスが良く風味の複雑さもあって品質が高いのに、ミディアムボディという例もたくさんあります。
ただし、そういったものは総じて高価です。
ミディアムボディとフルボディの境界線
「ライトボディ」と書くと、ワインって売れにくいんです。
なのでライトボディと書くとしたら、ボジョレー・ヌーヴォーみたいな軽やかさを売りにするワインとか、ヴィーニョ・ヴェルデのようにアルコール度数の低いものくらい。
他のものはすべてミディアムボディかフルボディと表記されます。中には「ミディアム~フルボディ」という中間の表記が取り入れられる場合もあります。
このボーダーラインは、全くをもって人それぞれ。
ワインのバックラベルに書いてあったとしても、それは説明書きを考えたインポーターの誰かがそう書いているだけです。
2000円のフルボディと2万円のフルボディは違う
1000円でフルボディ表記のものは多くありませんが、2000円出せばいろいろ見つかります。
ではその2000円のフルボディワインの味わいが、2万円のフルボディワインと同じくらいの濃さかといえば、当然全く違います。
ワインを2万円で販売し続けるということは、飲んでその金額に値すると感じて満足する人がいるから。2000円3000円でも美味しいワインはたくさんあるのに、その価格では表現できない風味・味わいがあると納得するから、プレミアムな金額を支払うのです。(もちろん味以外の要素で値段が吊り上がるものもありますが)
だから作り手は価格に説得力のある味わいのワインをつくりたい。
そのための栽培における収量制限や、収穫したブドウの選果を厳しくする、樽ごとに熟成したワインの中から特に美味しいものだけで看板ワインをつくるなどの工夫をするのです。
その多くは、2万円で売るなら十分可能でも、2000円で売るならコスト的に難しいことです。
結果として2万円のフルボディのワインは、2000円のものは持ちえない風味の広がりがあります。
決してアルコール度数や重量感のような簡単に比べられるものではありません。しかし価格差は歴然として存在します。
経験によってミディアム/フルボディの境界は変わる
同じワインを飲んで、Aさんはフルボディだと感じたが、Bさんはミディアムボディの範囲内だろうと語る。
そういった感じ方の個人差はいくらでもあるでしょう。
その主な原因は、きっとワインを飲んだ経験の個人差。
普段1000円や2000円のワインばかりをあまり意識せず飲んでいて、数万円のワインには手を出したことがないAさん。
高級なワインバーに出入りし、数千円から数万円のワインをソムリエと相談しながらいろいろ飲んでいるBさん。
「今まで飲んだ一番濃いワイン」も違えば、自分が普通と感じる濃さも違うので、基準が違って当たり前です。
つまり、ボディの表記はワインを選ぶ際に、大して当てにならないのです。
だってそのワインの説明を考える人とあなたの味覚は違うのですから。
「~ボディ」に頼らないワイン選び
おそらく「フルボディのワインが美味しい」と考えておられる方は、経験的に自分が美味しいと感じたワインの多くに「フルボディ」表記があったのではないでしょうか?
もしくは単純に、「ミディアム」よりも「フル」の方がなんとなく良さそうに感じるから。
その考え方を否定するつもりはありません。
ただ、「フルボディ」という言葉を指標にしたワイン選びは、探しにくいしハズレを引きやすい。
なぜなら、そもそもボディの定義がややあいまいで、なおかつそのボーダーラインは誰にも引けないからです。
ではどうやって好みのワインを選べばいいのか。
COCOSオリジナル 味わいチャート
ワインの商品ページに載せているこの味わいチャート。
赤ワインなら横軸がエレガント/リッチで縦軸が渋味の強さ。
白ワインなら横軸がエレガント&クリスピー/リッチ&フルーティーで、縦軸が甘さを表しています。
赤ワインにしても白ワインにしても、横軸は酸味と果実味のバランスです。
みずみずしいフルーツを思わせる風味が強いものが右側に。逆に果実感は抑えめで上品な酸味を持つものが左側に分類しています。
味わい分類の基準
実はこれ、割と産地が温暖か冷涼かを基準に決めています。
高額なワインは、仕入れの際に試飲できないものがほとんどです。それでも購入の目安となるように、味わいチャートは載せています。
その生産者の所在地やブドウの調達地域などがどんな気候かなどから、果実と酸味のバランスを推測しているのです。そしてこれが、そう大外れはしません。この味わいチャートが選びやすいと、何度かレビューも頂きました。
温暖な地域でブドウを育てれば、糖度が上がりやすく、したがって出来上がるワインもアルコール度数が高いボディの豊かなものになる。フルボディ寄りになる。
逆に冷涼な地域では酸味が高く保たれて、濃厚な果実感は現れにくい。
その強弱・自分にとってのバランスポイントに近いワインを探せば、好みのものが見つけやすいのではないかと考えております。
決してこれが完璧とは言いません。
複雑なワインの味わいを、単純な2次元のグラフ上に表せるわけがないのです。
そもそもこの味わいチャート上に分類する作業はほとんど筆者がやっていますので、筆者の主観が大いに入っていますし、ブレもあります。
それでもきっと「ミディアムボディかフルボディか」を気にするよりも、あなたの好みに近いものを提案できると考えています。
味で選ぶその先は・・・
何もワインの選び方は、好みの味に近いもの、だけではありません。
いろいろなワインを飲み続けていると、たとえ自分の好みを少し外しても、いいワインはそれはそれで楽しめることに気づくでしょう。
私が度々利用しているワインバーは、出てくるワインがたいてい好きじゃなくて美味しいと感じないのですが、自分じゃ選んで買わないものが飲めるのが面白くて通っています。
受け入れられる味わいの幅が広い、極端に言うなら何飲んでも美味しく感じる方に勧める選び方。
ぜひ生産者で選んでみてください。
ワインは脳でも味わう
ワインは人がつくる飲み物です。
特に比較的小さな生産者が面白い。作り手の考えがワインに如実に表れます。
その人がどんな生まれでどんな思いでワインをつくっているのか。美味しいワインをつくるために大事にしていることは何か。
それを知ったとき、ワインの味わいはきっと変わります。
ワインの複雑な味わいのうち、あなたが口に含んだ時に着目するポイントが変るからです。
そしてたいていは、より美味しく感じるでしょう。
味覚・嗅覚だけでなく、脳でワインを味わっているからです。
一つ気に入ったワインを見つけたなら、その人がつくる他のワインも気になることでしょう。
そうなると、もっとワインは楽しくなる。
生産者紹介
当ブログでは、「Pick Up生産者」と題したカテゴリーで、多くの生産者を紹介しております。
紹介するに際して、ありのままを伝えるつもりはさらさらありません。筆者なりの視点でその魅力を切り出すつもりで書いております。なので、輸入元様の紹介文をそのまま張り付けたようなものは一切ありません。
実はあんまり読んで頂けていないカテゴリーなのですが、決して力は抜いていませんので、インデックスだけでもご一読いただけたらと思います。
まとめ 「~ボディ」はワイン選びにあんまり役に立たない
ワインの「ミディアムボディ」や「フルボディ」は、ワインの味わいの凝縮感・風味の濃さを表したものと考えられます。
ただしそれはみなに共通する明確な定義ではなく、さらにミディアム/フルの境界も曖昧です。
その濃さの感じ方は、各々がどんなワインを飲んできたかという経験に左右されるからです。
高品質なワインはフルボディであることが多いですが、フルボディだからと言って高品質・美味しいとは限りません。アルコール度数を上げてフルボディにすることは難しくなく、しかしそれは必ずしも美味しくはならないからです。
結論として、ワイン選びの際に「ミディアムボディ/フルボディ」はあまり参考になりません。
それよりもそのワインの産地や、もちろんブドウ品種などを気にした方が、よりハズレなく自分好みのワインを見つけることができることでしょう。