ワインに関する資格・称号で最高峰と言われているのが「マスター・オブ・ワイン」です。
よく耳にする「ソムリエ」とは当然難易度は違いますが、求められる資質の方向性が全く違います。
単に難しい試験を突破したすごい人たち、というだけではありません。
我々が日々ワインを選ぶうえで、マスター・オブ・ワインを信頼できる理由をご紹介します。
ワインを選ぶうえでの指針として
ワインを購入する軍資金にも、ワインを消化する肝臓のキャパシティーにも、個人差はあれども限界があります。
ゆえに我々は美味しいワインが飲みたい。つまらないワインは飲みたくない。
ではどうやって少しでも正確にワインを選ぶか。いくつも方法があります。
正攻法にワインのことを勉強して選ぶ。ショッピングサイトやアプリでレビューを調べる。ワインに詳しい人と仲良くなって教えてもらう・・・・
程度の差こそあれ多くの人が参考にするのが、ワイン評論家の評価です。
現在第一線で活躍するワイン評論家の中には、マスター・オブ・ワイン(以下MW)の称号を持つ人が少なくありません。
ジャンシス・ロビンソンMW
イギリスで活躍する女性ワインジャーナリストであるジャンシス・ロビンソンMW。
現在、ワイン業界に最も多大な影響力を持つのでは、と言われている人物です。
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彼女の主要な活動の一つが、ジャンシス・ロビンソン.com、通称「パープルページ」の主催です。
ワイン業界最大規模の情報ポータルサイトで、彼女を含め多くのMWが記事を投稿しています。
英語のページではありますが、会費さえ払えば世界中誰でもワインに関する最新の情報を受け取ることができます。
英語の苦手な方、「お金を払ってまで・・・」と思われる方は、ぜひこちらのサイトをご覧ください。
パープルページの中の無料記事を日本語に訳して紹介されています。
もちろん公式のもので、WSETのDiplomaの資格を持つ(後述します)小原陽子さんが運営されているサイトです。
パープルページの中では、ワインのレビュー、採点も公開されています。
イギリス拠点のサイトですので、アメリカ流の100点方式ではなく、20点満点の評価です。
ワインの点数付けはパープルページの主要コンテンツではあるものの、これがメインという訳ではありません。情報発信の方に重きが置かれています。
その点、次にご紹介するワインアドヴォケイトとは対照的です。
リサ・ペロッティ・ブラウンMW
古い高額ワインを購入する際の指標として、圧倒的な信頼を得ているのが「パーカーポイント」でしょう。
パーカーポイントとは、ロバート・パーカーJr.氏が創刊したワイン評価誌「ワインアドヴォケイト」上での点数のこと。現在ワインアドヴォケイトは紙媒体を止めて「ロバート・パーカー.com」というポータルサイト化しています。
10数名のレビュアーが地域を分担しレビューするスタイルに移行。ロバート・パーカー氏は2019年に引退しましたが、「パーカーポイント」の名称は今も使われています。
詳しくは下記の記事をご参照ください。
パーカーポイントとは ~ワイン評論の先駆け~
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このロバート・パーカー.comにて、パーカー氏の後をついで編集長を務めていたのが、リサ・ペロッティ・ブラウンMWです。
以前ほどの熱狂ぶりはありませんが、今でもボルドー・プリムール(ボルドーの先物取引市場)では、評論家の点数を参考にワイナリーが出荷価格を調整します。その価格にいまだ大きな影響を持つのがパーカーポイントです。
リサ・ペロッティ・ブラウンMWは2021年末、ワイン・アドヴォケイトを退職し独立しています。
ティム・アトキンMW
スペイン、南アフリカ、アルゼンチンなどのレポートで定評があるのが、ティム・アトキンMWです。これらの地域ではパーカーポイントを超える影響力を感じています。
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例えばこのワイン。南アフリカワインとしてはかなり高額な部類なのですが、10本前後があっという間に完売しました。このヴィンテージにティム・アトキンMWが100点をつけていたからでしょう。
評論家の権威付け
ここに挙げたのはほんの一例。
他にも自身のポータルサイトをつくり、ワインの評価をしているMWもいますし、そもそもMW=ワイン評論家ではありません。MWが活躍する分野は多岐にわたります。
評論家にとって最も必要なものは、消費者からの信頼です。そりゃそうです。「この人、ほんとにワインの味わかっているのか?」と疑うような人のおすすめで、3万円のワインは買いません。
ワイン評論の現場で多くのMWが活躍している事実。それは「MWの称号を持つ人が下す評価なら、きっと間違いないだろう」と多くの人が信頼を寄せているということを示しています。権威性がとても高いのです。
ではマスター・オブ・ワインとはワインのどんなことに精通している人たちなのでしょうか。
マスター・オブ・ワインは何の専門家?
マスター・オブ・ワインには、現代のワインに関するあらゆることに精通していることが求められます。
このことは、「ソムリエ」の呼称資格と対比する方が分かりやすいかもしれません。
ソムリエとは
ソムリエという職業は次のように定義されています。
ソムリエとは飲食、酒類・飲料の仕入れ、管理、輸出入、流通、販売、教育機関、酒類製造のいずれかの分類に属し、酒類、飲料、食全般の専門的知識・テイスティング能力を有するプロフェッショナルを言う。
そしてその補足として
ソムリエの役割は、飲食店もしくは酒類・飲料を販売する施設におけるそれらの提供、ならびに商品の適切な紹介とサービスを中心に(後略)
とあるとおり、レストランという現場が基本であることが示されています。
引用元は日本ソムリエ協会のHPです https://www.sommelier.jp/exam/
また、厚生労働省の職業分類には
大分類E サービスの職業、中分類40 接客・給仕の職業、小分類403 飲食物給仕係、細分類403-03 ソムリエ
と分類されており、飲食店でのサービスがメインであることがわかります。
ソムリエに必要な能力
レストランをはじめとした飲食店は、食べ物や飲み物の提供を通してお客様に満足してもらい、対価を受け取る場です。
「ソムリエ」という呼称資格がレストランを中心としたものである以上、ソムリエ、そしてその上級資格に求められる能力は、サービスが中心となります。
もちろんワインに関する知識は必要です。ワインの味もわかっていないといけません。味わいの違いを理解する上で、栽培や醸造に関する知識も助けになります。最近のトレンドも知っておく必要があるでしょう。でもそれだけでは現場では使い物になりません。
具体的なワインを飲んで知っていないとワインを提案できません。料理に合わせてワインを提案する上で、料理のことも深く知る必要があります。ワインを提供する上で、最高の状態で提供するための技術は、簡単に身につくものではありません。
もちろんそれらは、十分なサービス力あってこそ発揮されるものです。
そしてそういった能力が今、その場でお客様に応じて必要となります。
「わからないことがあるから、ちょっと本を参照したり、ググって」なんてことできません。
ワインを飲む場所はレストランだけでない
少し古いデータになりますが、レストランで主にワインを飲む人は2割強だそうです。
つまり日本で消費されるワインの大半は、自宅で飲まれているわけです。
ソムリエは「レストランでワインを消費する」という、ある意味最も華やかなシーンにスポットを当て、そのシーンをよりよくするプロフェッショナルです。
しかしマスター・オブ・ワインに求められるのは、ワインがつくられ流通し消費されるところまでの全般における理解です。問題を見る限り、特にワイン製造に重きを置かれているように感じます。
マスター・オブ・ワインになるには?
日本ソムリエ協会の「ソムリエ」のように、出願して試験を受けてパスしたら称号認定という簡単なものではありません。
ワイン業界に大きな影響を持ち、確実にビジネスにつながる称号でありながら、世界に419人しか認定されていない。
それは単純な試験の難易度だけでなく、目指すことそのものがかなり高いハードルだからです。
必要な資格
マスター・オブ・ワインを受ける前提として、WSET Diploma(ダブリュー・エス・イー・ティー デュプロマ)ないしこれに相当する資格を有している必要があります。
WSETはワインと酒類に関する国際的な教育機関です。https://www.wsetglobal.com/jp/japanese-qualifications/
Level1~4のグレードがあり、Level4が別名ディプロマと呼ばれています。
「教育機関」らしく、どれも座学とテイスティングの授業を受けて、その後にテストをパスして認定です。なので合格率こそそう低くないようですが、その分継続的な勉強と結構な受験費用が必要です。
Level3までは日本語で取得できますが、Diplomaは英語能力が必須である点がまず関門。また、私も細かくは把握してないのですが、5、60万円程度の受験費用と2年間程度の時間を費やす必要があります。
特にワイン関係の仕事に従事している必要はありません。なので一般のディプロマ所持者も中にはおられます。仕事についてから資格をとり始めた私としては、「好き」をこれほど突き詰められるのかと敬服するばかりです。
このディプロマすら「比べれば何も大変なことはなかった」と言えるほど難しいのが、マスター・オブ・ワインです。
認定プログラム
ここからはなるべく正確を期すため、マスター・オブ・ワインを認定しているマスター・オブ・ワイン協会 https://www.mastersofwine.org/ のHPをもとに紹介してまいります。
マスター・オブ・ワインになるための試験は、3つのステージに分けられます。
全て順調に進み最短で認定されるとしても3年間。通常はそれ以上の期間を要します。
●ステージ1
セミナーの受講と年間を通しての課題提出。そして最終的にブラインドテイスティングとエッセイによる試験が行われます。
このステージを通してマスター・オブ・ワインや研修生と交流する機会があります。これは認定の可否に関わらず、その後のビジネスにとって非常に重要です。
●ステージ2
このステージもまたセミナーの受講と課題提出があります。
12種のワイン3セットに及ぶブラインドテイスティングは、品種や原産地といった定番のものだけでなく、商業的な魅力やワインの醸造法まで見抜くことが求められます。
論述試験では、栽培・醸造のみならず、ワインの取り扱いやビジネスに関しても問われます。
●ステージ3
ステージ3は研究論文です。ワインに関することならどんなテーマでも可能で、そのテーマについて厳密な解釈ができ、それがワイン業界に貢献するものであることが求められます。
当然ながら受講・受験には高額な費用が必要となるため、各種の奨学金も用意されています。
マスター・オブ・ワインの試験で問われる問題
意外かもしれませんが、マスター・オブ・ワインの試験問題は誰でも閲覧することができます。
2021年に出題されたものからいくつか例を挙げると
●How does soil influence wine quality? 土壌はいかにワインの品質に影響するか
●What technical factors influence the choise of a closure for wine?ワインボトルの栓になにを選択するかについて影響する技術的な要因は何か?
このほか、出題されたワインも具体的に挙げられています。
マスター・オブ・ワインにはどんな人がなる?
マスター・オブ・ワインの職業は多岐に渡ります。
冒頭で挙げた評論家やワインジャーナリストのように、情報発信する立場の人。
輸出入や小売・卸売りに関わる輸入商社で働く人、もしくはそのオーナー。
ワイン醸造家もたくさんいます。現場に立つソムリエという立場の人は、そう多くないんじゃないでしょうか。
どの立場のMWも、コンサルタント業務もこなしていることが多いです。
65年間の歴史の中で、マスター・オブ・ワインに認定されたのは世界30か国にわずか420名しかいません。(2022年初頭現在)
それほど困難な試験、チャレンジ自体に能力・環境、なにより覚悟が問われる資格なのです。
マスター・オブ・ワインになるためには膨大なお金と時間を費やします。取得後はその投資に見合った見返りがあってしかるべき。
MWに仕事を依頼するとなると決して安くありません。
マスター・オブ・ワインをどう利用する?
マスター・オブ・ワインの高額な報酬。誰がその報酬を払っているかというと、最終的にはワインを飲む消費者です。
直接的にはワインの流通業者がコンサルを依頼したとしても、その費用が販売価格に含まれていると考えられるのです。
私がこの記事でMWを紹介しているのは、「ほへ~、すごい人もいるんだなぁ」と思ってもらいたいわけではありません。
消費者として考えるべきは、「自分が美味しいワインを選んで飲むために、MWの称号をどう参考にしたらいいのか。」どのように自分にメリットをもたらせるのか。ちょっと言葉は悪いですが、MWの利用法です。
マスター・オブ・ワインのセレクトしたワインを飲む
マスター・オブ・ワインがワインのインポーターにコンサルタントとしてつき、選定を行っている場合があります。
オーパス・ワンやヴーヴ・クリコのような誰もが知っているワインを販売するのに、MWの力なんて要りません。逆に日本でまだメジャーでないワインを広めるときには、MWの力が大いに発揮されます。
ここ5年ほどで、ジョージアのワインをよく見かけるようになったと感じませんか?特にクヴェヴリという土器で熟成されたオレンジワインです。
その背景には、公式アンバサダーとして活動されている大橋健一MWの尽力があります。輸入元への働きかけやプロに向けたセミナーなどの活動を通して、結構な右肩上がりで輸入量が増えてます。
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大橋健一MWといえば、株式会社山仁の代表でもあります。そのオンラインショップでMWがセレクトしたワインを購入することができます。
単に美味しいワインが分かるだけでなく、それがどうビジネスにつなげられるかを提案できてのMWです。
その辺にいくらでもある「ソムリエ厳選ワイン」なんかとは箔が違うと思って、信頼して買うなら「MWを利用している」と言えるでしょう。
もっと直接的に、MWがつくるワインを飲むという手もあります。
マスター・オブ・ワインのつくるワイン
少なくない醸造家が、MWの資格を持っています。
いかに質の高いワインを安定してつくるかの研究が、そのままMWの道へも繋がっているのでしょう。
当店で取り扱うMWがワインメーカーをつとめるワインをご紹介します。
サム・ハロップMW
ニュージーランドをベースに活躍するMWで、ワイヘケ島というところにプライベートワイナリーを持っています。
マイケル・ブラコヴィッチMW
ニュージーランドのオークランドにある「クメウ・リヴァー」の3代目醸造長をつとめるのは、マイケル・ブラコヴィッチMW。1989年にNZ初のMWとなりました。
ソフィー・パーカー・トムソンMW
同じくNZのマールボロで、夫と共に「ブランク・キャンバス」を営むのは、ソフィー・パーカー・トムソンMW。2021年にMWとなったばかりです。
彼女がMWになる際に提出した自然酵母による発酵と生体アミンの生成の関係を、先述の小原陽子さんが日本語で解説されています。(有料の動画ですが、情報を受け取れる予備知識がある方にとっては安すぎるくらいです)
キム・ミルンMW
決してプレミアムワインを作るばかりがMWではありません。
オーストラリアのアデレード・ヒルズにある「バード・イン・ハンド」の醸造長をつとめるのは、キム・ミルンMWです。
リチャード・カーショウMW
南アフリカで活躍するリチャード・カーショウMWもまた、卓越したワインをつくっています。初めて彼のシャルドネを試飲会で口にした際は、南アフリカのイメージががらっと変わったものです。
モーガン・トゥワイン・ピーターソンMW
ベッドロック・ヴィンヤードを父から受け継いだモーガン・ピーターソンMW。5歳のころからブランドテイスティングでメルローとジンファンデルの違いが分かったという逸話を持っています。
2017年に、アメリカのワインメーカーとしては初めて、MWの称号を取得しました。
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世界で活躍するMW
ワインの多くが生産地以外で消費されている以上、全ての段階に精通するMWが活躍する場は世界中です。
SNSの普及により、「専門家がおすすめするワインを消費者が飲む」というスタイルは崩れつつありますが、MWが活躍するのは単なるワインの提案だけではありません。
今後も「マスター・オブ・ワイン」「MW」の文字を目にする機会は増えてくるでしょう。信頼していいです。「ソムリエおすすめ」なんかとは格が違います。
ワイン選びにおける信頼できる指標の一つとして、「MW」の意味を頭の片隅にとどめておいてください。