世界中で数え切れないほどの種類が作られているワイン。そのすべてが日本で手に入るわけではありません。
時に現地に足を運んでワインを吟味し、数ある中から輸入する価値のあるワインを見つけ出す。それが「バイヤー」と呼ばれる人たちの仕事です。
その選択基準は、当然美味しさだけではありません。
バイヤーであり南アフリカワインの第一人者である三宅さんに、どのような基準で輸入を決めているのか、インタビューしてきました。
「バイヤーの立場としてのおすすめワイン」の他に、「自分の好みはこっち」も聞き出します!
◆三宅司さんのプロフィール
もともとはワインではなく発展途上国の地域開発に興味を持って、日本の大学を卒業したあと単身南アフリカに渡る。
ケープタウン大学大学院に通いながら現地の文化を学ぶ。
「南アフリカで作られたものを日本に輸入し販売する。それが生産者の自立支援につながり、日本人も喜んでくれるものは何だろうか」と考える中でワインに着目。日本と南アフリカを往復しながら、日本にそのワインの魅力を20年来広めてきた第一人者。
ワインのバイヤーとして選ぶときは、自分の好みは一旦置いて考えるでしょうが、プライベートでワインを飲むならどんなものがお好きですか?
KATAYAMA
Miyake
プライベートで飲むワイン、南アフリカを除くならフランスのものが多いです。 スパークリングワイン、特にシャンパーニュとシャルドネとピノ・ノワールが好き。って言うとありきたりな好みですね。 どちらかというと薄めのきれいなワインが好きです。
Miyake
最近は100%のカベルネ・ソーヴィニヨンも、モノによってはいいなと感じています。 なかなか「これだ!」というものには出会わないけど、注目していきたいなと感じています。
Miyake
でもやっぱり、南アフリカワインが一番好き!
どこの生産地でも「ここといえばこのブドウ品種!」みたいなものがあります。
だからと言って、多くブドウが栽培されているからワインがいろいろ楽しめるかというと、必ずしもそうではありません。
そこにはやはり、品種ごとの『人気』が影響してきます。
次のグラフをご覧ください。
左は南アフリカワイン協会の資料をもとに作成した、南アフリカで栽培されるブドウ品種の割合。
右は2021年3月末現在、(株)マスダのオンラインショップで取り扱っているワインの種類です。(再入荷待ちワイン、ヴィンテージ違い含む)
左右を比べると大きく違うものがあります。
コロンバールはブランデーに使われるか地元消費用の安ワインになるので、日本で見かけることは稀です。
シラーは栽培面積の割に輸入しているワインの種類が多いですね。
KATAYAMA
Miyake
南アフリカのシラー(シラーズ)は、品質が高いものが多い。だから積極的に入れるようにしてますし、実際によく売れていますよ。 シャルドネもそう。人気があるので、輸入するか否かのボーダーラインは少し低くなります。 ピノ・ノワールも同じような傾向がありますね。
南アフリカの固有品種といえば『ピノタージュ』が有名ですが、特別多いわけではないんですね。それほど人気はないんですか?
KATAYAMA
Miyake
人気がないわけではないですよ。ただ、ピノタージュはなかなか「これだ!」というものを見つけるのは難しい品種です。 それは生産者にとっても同じ。「こんな風なワインにできたら上質なピノタージュ」というロールモデルがまだないのです。 そもそもピノタージュがピノ・ノワールとサンソーの交配で開発されたのが1925年。南アフリカで最初にピノタージュが発売されたのが1961年なので、まだまだ試行錯誤の段階です。
現在作られているピノタージュのスタイルを分類するとしたら次の4つに分けられるとのこと
①クラシックなボルドースタイル カノンコップに代表される、抽出をしっかり行い樽熟成した、熟成ポテンシャルのあるワイン。1980年代は特にこのスタイルが主流だった。
②①とは逆の薄くて透明感のあるスタイル ロングリッジ、デイビッド&ナディアなど 「サンソーとピノ・ノワールから生まれた品種なんだから、そんな力強いものにしない方がいいのでは」という考え。
③コーヒーのような風味を感じるスタイル 熟成の際に、強くローストしたオーク樽を用いて、コーヒーやチョコレートのような甘く香ばしいアロマを付与したもの。バリスタのピノタージュなど。
④フルーツ感を強調したスタイル ②とは違い色合いは濃く、①とは違いオーク樽はあまり使わない。マンのセラーセレクトのようなもの。
Miyake
店頭で試飲販売などをしていると、一般の方から「ピノタージュってどんな品種なのですか?」って聞かれること、よくあるんですよ。 ちゃんと説明しようとすると、これだけ時間がかかる!
これ全て伝えるのは大変ですね。結局「よくわからない」ってなっちゃうかも。
KATAYAMA
Miyake
今現在では、「よく分からない、定まっていない品種」というのがピノタージュの答えなのかもしれないですね。 それが数十年後には一つのスタイルに定まっていくのか、それとも100年後も「よくわからない品種ですね」と言っているのか。 なんとなく、後者な気がしています。
なるほど~。 もっと詳しく、ワインの仕入れを決める際の考え方を教えてください。
KATAYAMA
輸入するかどうかの判断基準
Miyake
輸入するかどうかを決めるのに、ワインについて考えるポイントは全部で5つ。 最初に①味と②価格。当たり前ですがこの2つが最重要です。
Miyake
その上で、つぎの3点も考慮します。
③ワインの背景・ストーリー
④オーガニック農法、ビオディナミなどの環境貢献
⑤フェアトレードなどに代表される社会貢献に積極的か
味わいの考え方
Miyake
ワインの味わいを判断する上で重視しているのは、「上質な酸があるか」と「トータルバランス」です。 例えばパーカーポイントに代表されるようなワインの点数付けをしているわけではありません。
ワインの味をみて仕入れを決めるのは、三宅さん一人でされているんですか?
KATAYAMA
Miyake
本当の黎明期は、自分が担当していた阪神地区のワインショップさんにサンプルのワインを持参して、感想を聞いて輸入を決めていました。 次第に自分一人で決めるようになり、長いことやってきましたが、近年はチームで輸入を判断しています。
Miyake
点数付けはしていませんが、便宜上80点を採用ラインだとします。 以前はそのラインに満たないものはすぐに却下していました。 ここ最近は自分で却下しすぎず、例えば75点くらいのものでもみんなに意見を聞いてみて、強く「やりたい」という者がいたら入れることもあります。中には自分の予想以上に売れる嬉しい誤算もあったり。(後述します)
Miyake
その80点弱くらいのワインでも、先述の③~⑤のような付加価値があれば、仕入れることもあります。 お客様の考え方は様々で、ワインで重視するポイントはいろいろあります。 例えばワインのストーリーを重視する方や、SDGsに関心のある方など。 その様々な需要に応えるべく、味と価格以外の要素も判断基準にしています。
ワインの価格をどう判断する?
コストパフォーマンスは南アフリカワインの大きな魅力です。 ワイナリーから提示された価格について、どんな風に判断しているんですか?
KATAYAMA
Miyake
現地の出荷価格を入力すれば、日本で定価をいくらに設定すればいいかが出せる計算式があります。 当然その計算式をお話しすることはできませんが、それを元に日本での市場価格を考えながら、生産者と交渉します。
Miyake
ところで、南アフリカでは近年、7%ものインフレが起きているのをご存知ですか? 例えばその年の1月にあるカフェでコーヒーを150円で飲んだとします。年末12月に同じお店に行けば、160円か170円になっているのが普通、ということです。
7%のインフレは大きいですね!ではワインの価格も年々上がるはずじゃないんですか?
KATAYAMA
Miyake
その通り!ワインの出荷価格が5年ほど変わらないワイナリーもあれば、毎年提示される価格が違うところもあるのです。 ですが、バイヤーとしてはその提示価格に1回でウンウンと頷いていてはいけない。1,2回は嚙みつかないと!
Miyake
ワインを試飲して、生産者の前で「美味しいね」とは言うが「安いね」とは絶対に言いません。 値上げを言ってくるところには、「これくらい売るから、値段はそのままにしてくれ」という交渉をよく行います。 もちろん無茶苦茶を通そうとするわけではありませんが、日本のお客様のためにも最大限交渉します。
そのあたりのさじ加減は、経験が必要ですね。
KATAYAMA
Miyake
自分が相手の立場だったら、「値切ってくるけど、それだけ頑張って売ってくれるのはうれしいな」と感じるでしょう。 だからこそ、最終的には仕入れ額を伸ばしている、という結果を続けていこうと頑張っています。
ワインの種類はバランスよく
Miyake
新規ワインを検討するときは、当然現在のラインナップも考慮します。
同じようなワインばかりにならないように、ですね。
KATAYAMA
Miyake
同じ品種・同じ価格帯に既にワインがあるときは、採用のボーダーラインはやっぱり上がります。 逆に、「こういうタイプのワイン、今うちにはないよね」というときは、採用の確率はぐっと上がります。
Miyake
カベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネといった人気品種は、少々位置づけのかぶっているものがあっても、仕入れることはよくあります。
新規生産者との出会い方
新しい生産者ってどうやって知るんですか?
KATAYAMA
Miyake
最近はもっぱら紹介です。 生産者から「うちのワイン、日本で売ってくれない?」というメールは毎週届きます。 そのワイナリーのリストとホームページを見て、それから試飲して決めます。
Miyake
南アフリカにまだ見ぬ生産者はたくさんいますし、新たなワイナリーも誕生しています。 どこに素晴らしい生産者がいるか分からないので、なるべくオープンなスタンスでいたいと思っています。 それに、取引のあるワイナリーから紹介されると、無下にはできないですし。
そうやってどこかしらの紹介で仕入れたワイン、どんなものがありますか?
KATAYAMA
Miyake
例えば、マスダで重要なブランドであるグレネリーを輸入するきっかけは、ドルニエから紹介されたからでした。 そしてグレネリーの紹介で、カノンコップを輸入することになったのです。 そんな数珠繋ぎはいろいろあります。
グレネリーについてはこちらで詳しく
こちらからアプローチした生産者もあるんですか?
KATAYAMA
Miyake
南アフリカワインのインポーターとして大きくなるまでは、基本的にこちらからのアプローチですね。
Miyake
印象的だったのはブーケンハーツクルーフ。現在では取扱金額No.1のブランドです。
2004年に取り扱いを開始したのですが、そのきっかけは2001年の7つの椅子シラーを飲んだこと。 早速連絡を入れて「今日このシラーを飲んだ。衝撃的だった!ぜひ輸入したい」と伝えました。
しかし「ブーケンハーツクルーフにとって、7つの椅子シリーズの生産量は1~2%くらいなんだ。バリューレンジのポークパインリッジをたくさん売ってくれないと、7つの椅子シリーズは分けてあげられないよ」との返事。
そんな経緯で両方始めたのですが、今ではポークパインリッジのシリーズも立派な稼ぎ頭となってくれました。 ブーケンハーツクルーフと取引を開始できたのは、私にとっても自慢できることです。
2004年に取り扱いを開始したのですが、そのきっかけは2001年の7つの椅子シラーを飲んだこと。 早速連絡を入れて「今日このシラーを飲んだ。衝撃的だった!ぜひ輸入したい」と伝えました。
しかし「ブーケンハーツクルーフにとって、7つの椅子シリーズの生産量は1~2%くらいなんだ。バリューレンジのポークパインリッジをたくさん売ってくれないと、7つの椅子シリーズは分けてあげられないよ」との返事。
そんな経緯で両方始めたのですが、今ではポークパインリッジのシリーズも立派な稼ぎ頭となってくれました。 ブーケンハーツクルーフと取引を開始できたのは、私にとっても自慢できることです。
今では主力のブーケンハーツクルーフは、そうやって始まったんですね!
KATAYAMA
ブーケンハーツクルーフについてはこちらで詳しく
Miyake
しかし何といっても思い入れがあるのは、すべての始まりであるポール・クルーバーです。1999年に訪問して、ソーヴィニヨン・ブラン600本を輸入する契約を交わしたのが最初でした。
600本のスタート!ポール・クルーバーの今の人気を知っていると、600本で独占取引させてくれたのが驚きですね!
KATAYAMA
Miyake
どうしてそんな少量でも取引してくれたのか。おそらく今なら相手にされないでしょう。
背景には1997年12月のKWV民営化があります。アパルトヘイト政策が終わり、1998年からワイナリーは自由にワインを輸出できるようになりました。
ポール・クルーバーとしては、「よし、これからはいろいろな国にワインを売っていくぞ」というタイミング。そこに訪問してきたのが、最初はイギリスのバイヤーで、次に私だったのです。
偶然ながら、生産者にとって一番ウェルカムなタイミングで取引を開始できたのです。
背景には1997年12月のKWV民営化があります。アパルトヘイト政策が終わり、1998年からワイナリーは自由にワインを輸出できるようになりました。
ポール・クルーバーとしては、「よし、これからはいろいろな国にワインを売っていくぞ」というタイミング。そこに訪問してきたのが、最初はイギリスのバイヤーで、次に私だったのです。
偶然ながら、生産者にとって一番ウェルカムなタイミングで取引を開始できたのです。
Miyake
今ではポール・クルーバーは弊社でNo.3のブランドとなりましたが、なにより「ポール・クルーバーがなければ今はない」と言える、思い入れのある生産者なのです。
ポール・クルーバーについてはこちらでより詳しく
三宅さんイチオシのワイン
せっかくなのでイチオシのワインを教えてもらいましょう。
三宅さんにとって、当たり前ですが輸入しているワイン全てがおすすめです。
そこに無理を言って、数本をピックアップしてみました。
「これは売れるぞ」と仕入れた売れ筋ワイン
まずは「味と価格などからこれはヒット間違いなしだ!」と仕入れて、「ほらね」となったワインを教えてください。
KATAYAMA
Miyake
まずは2014年に取り扱いを始めた、グレネリーのエステート リザーヴです。
Miyake
一方で、グレネリーのグラス・コレクションのシリーズは、最初はどれくらいヒットするか不安はありました。 優等生的なワインであり、「普通に美味しい」くらいにまとまってしまっている、中途半端な売れ行きになるんじゃないかな、と。 しかしグレネリーの畑が樹齢が上がってくるにつれ品質も向上。予想以上にどんどん売れるようになりました。
「これがここまで売れるとは!」予想外のヒット!
逆にあまり期待してなかったけどよく売れている、嬉しい誤算ってありますか?
KATAYAMA
Miyake
キアモントのフルーフォンティンなどがまさにそうですね。
Miyake
私は「ソーヴィニヨン・ブランのデザートワインで4000円。この価格はちょっと・・・苦しむんじゃないかな」と正直売る自信はあまりありませんでした。
Miyake
しかしもう一人のバイヤーである堀が「売ります!」と主張。 ふたを開けてみれば度々欠品してしまうほどの人気商品となりました。
本当はもっと飲んでほしい!個人的な好みはコレ!
Miyake
「もっと売れてほしいな~」なんてワインは、いくらでもあります(笑)
Miyake
なんでもそうですが、ラインナップの約2割が8割がたの売り上げをつくるもの。 味に感動して仕入れたものの、それほど動いていないものは、残念ながらいくつもあります。
Miyake
たとえばデイビット&ナディア・エルピディオスやボッシュクルーフ・シャルドネなどは、買って帰ってプライベートで飲むときに、よく選ぶ銘柄です。。
※リンクはマスダさんのHPに飛びます。
なるほど!葡萄畑ココスには未入荷ですが、仕入れを検討してみますね!
もしお客様から「仕入れてくれたら買うよ!」の声を頂ければ、すぐ注文します!
もしお客様から「仕入れてくれたら買うよ!」の声を頂ければ、すぐ注文します!
KATAYAMA
できることなら自社で輸入したかった!他社をうらやむワイン
三宅さんはバイヤーである一方で、飲食店や酒販店への営業も自ら行っておられます。
そんな営業さんに大変失礼な質問をしてみました。「他社のワインでも好きなの教えて!」
三宅さんが挙げたワインは、納得の超大御所でした。
KATAYAMA
Miyake
海から近く冷涼な産地ヘメル・アン・アードは、ブルゴーニュ品種の銘醸地。 その中でもハミルトン・ラッセルは品質で頭ひとつ抜けていると感じます。 特にピノ・ノワールをヴィンテージ+8年くらい熟成したときの深みが素晴らしい!
Miyake
南アフリカワインを日本でどうやって広めていくかを考えていたころ。 世界中で「ここは美味しいぞ!」と評判の、トップクラスのワイナリーを紹介したいと考えていました。
ブルゴーニュ品種においては、それはハミルトン・ラッセル。 取り扱いしたかったけど、できなかったところです。(ラ・ラングドシェンさんの取り扱い)
ブルゴーニュ品種においては、それはハミルトン・ラッセル。 取り扱いしたかったけど、できなかったところです。(ラ・ラングドシェンさんの取り扱い)
同じ地区の他のワイナリーと比べても、やはりいいですか?
KATAYAMA
Miyake
へメル・アン・アードには他にもいいワインがたくさんありますが、なかでもハミルトン・ラッセルな理由。 おそらくは樹齢でしょう。 この地のパイオニアであるハミルトン・ラッセルは、他のワイナリーより樹齢が高いです。
Miyake
ピノ・ノワール以外の品種については、樹齢15年くらいからぐっと品質が上がってくると感じています。 しかしピノ・ノワールについては、15年でもまだ若い。20年、25年と上がるにつれ、一段と美味しくなっていくのでは。
そういう意味では、同地区のアタラクシアは今後ハミルトン・ラッセルに迫っていくのかもしれませんね!。
KATAYAMA
※アタラクシアのケヴィン・グラントはハミルトン・ラッセルの醸造家をつとめた経歴を持ち、その後独立しました。
アタラクシアについてはこちらで詳しく
ワインのバイヤーって、本当に総合的な能力が要求されるんですね。
消費者に「美味しい」と思ってもらえるワインを見抜くテイスティング能力。
それを輸入して販売し収益を上げ続けるための経営感覚。
価格について生産者とバトルするための交渉力と語学力。
などなど。
ワインのインポーターという仕事は、生産者と消費者をつなぐ架け橋の一部。
その中でどちらかというと生産者寄りな立場なのが、インポーターでありそこのバイヤーという職業です。
私たちワインショップ・酒販店の立場というのは、どちらかというと消費者寄り。
いつもとは違う視点でワインを見ることができた、興味深いインタビューでした!