
アーティスティックなエチケットに反して、クラシックな味わいのワインを長理論的につくる。そんなキャサリン・マーシャルのワインに感じるのは、明確な目的意識です。彼女のワインを飲めば、美味しいのはもちろんのこと、ワインへの理解が深まるかも。「理論派アーティスト」ともいうべきその魅力と目指すところをご紹介します。
意外や「美味しいワイン」を作ろうとしている人は多くない?
「あなたはどこを目指してワインをつくっていますか?」
私が生産者に直接会う機会を得るとき、まず意識するのはそこです。
直接聞くこともありますが、大抵は言葉にしずらいことです。
それでもその生産者が口にする内容、どうしてそれを口にしたかで、十分にくみ取ることができます。
(その点、広報担当の方からは聞き取りづらいものです)
つまりワインづくりにおける哲学です。
その醸造家が何を大切にしているか、どういう価値観をもっているかということ。
もちろん、数十分話しただけでは受け止めきれないところもあるでしょう。

その目指すところについて、私は4つのタイプに分けられると考えます。
1つ目はマーケティング指向。
「市場に求められているものに近づける」という考え方です。
チリのコノスルはまさにこれです。
これはつまり「多くの人に美味しいと思ってもらえるワインを目指す」ということ。
消費者の声に耳を傾け、醸造法を調整したり新商品を投入したりして、流行に柔軟に対応します。
企業活動として考えるなら、おそらくこれが最適解といえるでしょう。
2つ目はブランドイメージを守ること。
有名なシャンパンメゾンの目指すものはこれでしょう。
「うちのシャンパンのイメージはこうだ。このイメージに沿って最高品質のものを作り続けていく」
自身が考える「美味しいワインのイメージ」を守っていくことが、既存の顧客を満足させ、新たなファンの獲得につながると考えているのでしょう。
ボルドーの著名シャトーもそれに近いところがあると考えます。
「オーパス・ワン」に代表される、ニューワールドの大規模高級ワインメーカーもそうでしょう。
確固たるビジョンをもったうえで、美味しいワインをつくろうとしています。
3つ目はブルゴーニュに代表されるテロワリスト。
彼らは「美味しいワイン」をつくるとは誰も言いません。
「この土地の個性、テロワールやヴィンテージの特徴を最大限にワインの中に表現するんだ」と語ります。
ある意味放任主義。
美味しくないならテロワールのせい、ヴィンテージのせい。
しかしそれを言い切るには、自身ができることはすべてやらないといけない。
口に合わないものもたくさんあります。
往々にして、コストパフォーマンスは悪いです。
しかし、えてして心を揺さぶられるような感動的なワインは、テロワリストがつくるものだったりします。
そして4つ目はワインごとに目的意識をもってつくる生産者。
「このワインはブルゴーニュのコルトン・シャルルマーニュを意識してつくった」というようなつくり方です。
目指しているワインのイメージがあって、そこをめがけて醸造などを工夫するつくりかたです。
この中にはいわゆる自然派ワインの生産者も多く含まれます。
「ワインはブドウのみから作るべきだ。なるべく人の手を加えないのが素晴らしい」
自然に任せてワインをつくる、という手法が彼らの価値観なのです。
2つ目のブランドイメージを守ることにも似ていますが、より小規模。
一人の生産者が複数のワインをそれぞれのゴールめがけて作ることも少なくありません。
彼らは「こんなワインが作りたい」という目的意識が強い。
それは必ずしも「美味しいワインをつくる」ことと同義ではありません。
でもその哲学・価値観に共感できたなら、きっとその生産者のファンになってしまうでしょう。
1本のワインを飲んで口に合わなければもう飲まない。
そんな軽いものじゃない、追い求めたくなる何かが伝わってくるのです。
キャサリン・マーシャルはまさにこの4番目の生産者。
まず「こんなワインをつくりたい」というヴィジョンがある。
そのゴールに向かって、ブドウを調達する。畑に出向いて観察し、栽培に注文をつける。
醸造を工夫する。様々な技術を駆使して味わいを近づけていく。
まるで様々な絵具をつかって表現する絵画のように。
キャサリンのワインづくりは、その目指すワインのために知識・技術・経験を総動員します。
だからこそ、彼女を理論派アーティストと表現するのです。
キャサリン・マーシャルの醸造所
あえて言うなら、キャサリン・マーシャルの醸造所で特段かわったところはありません。
キャサリン・マーシャルは自分では畑を所有せず買いブドウでワインをつくる生産者。
南アフリカではあえてそう呼ばないようですが、いわば「ネゴシアン」です。

セラードア・試飲ルームを備えた3階建ての醸造所はステレンボッシュにあります。
しかし現在彼女のつくるワインのブドウは、すべてエルギンから調達されています。
シャルドネをはじめとした白ブドウとピノ・ノワールの銘醸地。
キャサリンはブドウの生育中何度も畑に出向き、栽培方法から細かく注文をつけているといいます。
毎年運び込まれるブドウは200~230t。
生産規模としては非常に小さな生産者です。
やや大型のステンレスタンクも数個ありますが、ものによっては発酵タンクは手でパンチングダウン(浮いた果帽を沈める作業)ができるほど小さなもの。
オーク樽の貯蔵スペースもこじんまりとしたものです。
しかしきっちりと選果台が用意されており、品質へのこだわりが伺えます。

現在のラインナップはすべてエルギンのブドウですが、今後はステレンボッシュのブドウをつかったワインをつくる予定もあるそうです。
ワインのテイスティングを通して、彼女はそれぞれのワインへの思いを語ってくれました。
その多くは、「こんなワインがつくりたい」という味わいを言葉にできるほど明確なもの。
実はそれを語る生産者は多くありません。
テイスティングコメントを語るよりも、そのテクニカル、この味に仕上げる過程を語ることが多いです。
味わいはグラスの中のワインに語ってもらおうということ。
それをあえて口にする。
理想の現れです。

その目指すところに共感できたなら、来年の、数年後の彼女のワインがもっと楽しみになるでしょう。
青さを抑えて熟したフルーツの風味 ソーヴィニヨン・ブラン
「明るくフレッシュでクリーンな味わい。
グリーンテイスト(青い風味)は控えめで、トリピカルフルーツやパッションフルーツを感じさせる風味。
ミネラルや果実味が前に出た、オールドスタイルのソーヴィニヨン・ブラン」
それがキャサリン・マーシャルの目指すソーヴィニヨン・ブランです。
エルギンのなかの4つの地区からブドウを調達しブレンドしてつくります。
ほとんどはステンレスタンクで発酵させた後そのまま澱と共に6か月熟成させます。
それに5%ほどオーク樽で発酵・熟成したものをブレンド。
フレッシュでありながら少し落ち着いた雰囲気のある口当たりは、ここからくるのでしょう。
天ぷらやたこ焼きなどオイリーなものと一緒に食べるとリフレッシュしてくれる効果が期待できます。
クリーンでさわやかな風味を目指す リースリング
作り始めたきっかけは消費者のリクエストから。
しかし作っているうちにだんだんと好きになっていったというブドウがこのリースリング。
目指す味わいは
「クリーンでさわやかな風味」
あまりオーク樽を用いないリースリングにおいて、それはある意味当たり前のこと。
しかしそれに加えて彼女は、リースリングに出やすい石油香(ペトロール香と呼ばれる)を抑える工夫をしています。
リースリングはカビ系の病気にあまり強くないブドウです。特に曇りの多いエルギンではなおさら。
それを防ぐためには栽培時に葉っぱを減らして風通りをよくすることができます。
しかしそうするとブドウの果皮により直射日光があたります。彼女はそれがペトロール香を発生させることにつながると語りました。
その香りを避けるため、彼女は多めに葉っぱを残しているといいます。
その代わり収穫量を落として、つまり青い段階で房の間引きを行うなどして、ブドウが腐るのを防いでいると言いいます。
ドイツと同じ赤色粘板岩というリースリングに最適な土壌のあるエルギン。
そのポテンシャルは10年程度の熟成能力を秘めています。
これは完全に私の推測なのですが、キャサリン・マーシャルのリースリングは、ブドウの一部をポール・クルーバーから調達しているんじゃないかと。というのもキャサリン・マーシャルを訪問した前日の夜、ポール・クルーバーでそのリースリングを飲みました。共通する風味があったように感じます。凝縮感は少しポール・クルーバーの方が高かったものの、キャサリンの方が残糖控えめでドライなスタイルです。
ピュリニー・モンラッシェのイメージ シュナン・イン・クレイ
ブルゴーニュ、コート・ド・ボーヌきっての銘醸地、ピュリニー・モンラッシェ村。
そのイメージをもって作り上げる、クリーンで明るいイメージの白ワイン。
それをエルギンで多くの生産者がつくるシャルドネではなく、あえてシュナン・ブランでつくりあげるのが彼女の妙技です。
ワイン名の「イン・クレイ」というのは陶器でできたアンフォラのこと。


もともとはシュナン・ブランをオークの風味が付きすぎない古樽を用いて醸造していました。
ところが一度実験的にやってみたアンフォラ熟成がとてもうまくいったので、現在も壺を増やしているところ。
確かに若いピュリニーに感じる研ぎ澄まされたクリスタルのようなミネラルは、共通するところがあります。
昨年入荷して試飲会で2018年ヴィンテージがお披露目されるなり、飲食店からの注文が殺到。
楽天市場ではほとんど出回る間もなく完売したという希少なワイン。
今年は正しく日本のためのアンフォラが用意されていました!
当店も1ケース希望を出していますので、割り当てになる可能性はあるものの入荷が見込めます。
昨年ほど瞬く間になくなることはないでしょうが、気になる方はぜひTwitterをチェックしてください。
理想のブルゴーニュを目指して
フィニット エレメント ピノ ノワール 2017
日本未入荷


理想とするブルゴーニュのピノ・ノワールを目指して、良作年のみにつくるトップキュベ。
クラシックなブルゴーニュスタイルで、2樽だけ生産されます。
基本はすべて除梗を行います。
彼女が語るには、全房発酵は酸化のリスクがある。
それよりも樽熟成でゆっくりと変化するほうがいいとのこと。
上記の砂岩質と粘土質のピノ・ノワール、2つのいいところを合わせたような上質さ。
ただしまだまだ若すぎて価格差ほどの違いは感じられませんでした。
(現地価格で粘土質ピノ・ノワールの3倍以上します)
熟成させてからのお楽しみということで。
亡きご主人を偲んで ピーターズ・ヴィジョン 2016
ピーターというのは、キャサリンの亡きご主人。
彼がボルドー右岸のシャトー・アンジェルスで働いて得た経験をもとにつくられたキュベです。
メルロー86%にカベルネ・フラン14%という、他のワインとは全く違ったブドウのブレンド。
もちろんこれもエルギンから調達されています。


冷涼なエルギンでボルドー品種を栽培するなら、酸が低すぎる心配はないでしょう。
しかしメトキシピラジンの青臭い風味が残るリスクが高い。
実際、同じエルギンのシャノン・ヴィンヤーズがつくるスタンダードのメルローは、割と強く青さを感じます。61003948_r
ブドウをいかに完熟させるかに工夫が必要です。
そのために収穫量の増えやすいメルローは、夏場に房の数を半分にするという大胆な間引きを行います。
メルローのクローンも、赤い果実の風味が強いフレンチクロ―ンと、タンニンが強くスケール感があるイタリアのクローンを半分ずつ用いています。
カベルネ・フランも青い風味が出やすいので、手間をかけて未熟な粒を徹底的に取り除く。
そして出来上がるのは、南アフリカ屈指といっていいほどのメルローブレンド。
しなやかで厚みのある果実味が口いっぱいに広がります。
現在2016年を飲むなら、デキャンタをおすすめするとこのこ。
目的意識のあるワインの強み
消費者にとってのワインとは、そのグラスに入っている液体がすべてではない。
私はそう考えます。
先入観なしにワインを飲んで美味しいと感じるか。
それが最も大切なのは否定しません。
しかしワインの味わいの感じ方は繊細で、様々な要素に左右されます。
温度、グラス、抜栓後の時間、瓶差、室温・湿度、熟成度合いといった客観的な条件から、その日の体調、気分、一緒に食べるもの、そのワインに対する思い入れや知識、期待値。
同じワイン、同じヴィンテージを別の機会に飲んだら、印象が大きく違ったという体験はだれしもあるでしょう。
中には「あれ?思ったほどでもないな」ということも、残念ながら少なくありません。
そんなとき、「この生産者のワインはやめて、別のを飲んでみるか」となるのが普通。
しかし「いやたまたまこのボトルが悪かっただけ。もう一度別の機会に飲んでみよう」となるのか。
生産者が目指すところに共感できたなら。自分好みのワインをつくろうとしていることがわかっていたなら。
きっと後者でしょう。


向かう方向がわかるワインづくり。
ファンになってしまうような作り手に出会う喜び。
きっとこれは、「安くておいしいワイン」を探しているだけではたどり着けません。
ワイン愛好家のステップを一歩進めるのに、まずはキャサリンのワインを試してみてはいかがでしょうか。