「彼は年中セラーから出てこない」「たぶん彼とおしゃべりは不可能だ」
まさにイメージ通りのドイツ人ともいうべき仕事人間な、マーカス・モリトール氏。
一代で築き上げたワイナリーは、既に21回ものパーカーポイント100点を獲得しています。
ドイツで比類なき高評価を受ける、その理由に迫ります。
パーカー100点を21回
マーカス・モリトール醸造所はマーカス・モリトール氏が1代で築き上げたワイナリー。1985年がファーストヴィンテージですので、まだ40年弱です。
当初1.5haでスタートした畑は、今や120haにまで拡大しました。文句なく大成功した生産者です。
その成功の秘訣は、純粋にワインの質が高いから。その証拠としてこれまで21回ものパーカーポイント100点を獲得しています。
パーカーポイントとは
パーカーポイントとは、アメリカ人のワイン評論家ロバート・パーカーJr.が創刊した「ワインアドヴォケイト誌」における、ワインを評価した点数です。
パーカー氏は既に会社を売却して引退。10数名のレビュアーが地域を分割担当し評価する形態に移行しました。紙面ではなくWEB上の情報ポータルという形に変化し、現在もワイン評価メディアとしてトップクラスの権威を維持しています。
詳しくはこちらの記事をご覧ください。
ドイツの担当はステファン・ラインハルト氏です。
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未だに権威ある「パーカーポイント100点」
パーカー氏が一人でレビューしていたころと比較するなら、分業体制になったことでレビューの数は圧倒的に増え、それだけパーカーポイント100点がつく数も増えました。
以前ほどの希少価値は薄れたのは確かですが、いまだにパーカーポイントは流通やワインの価格に影響を与えます。
3万円以下で入手可能なパーカーポイント100点ワインが入荷するなら、待ち構えている消費者がいるのか、発売後すぐに完売します。
例えば五大シャトーのような、評論家の評価抜きに誰もが品質を認めるワインは、さすがに飛ぶようには売れていきません。ただしその評価を受けてワイナリー側が出し値を吊り上げるため、例年より明らかに高価になります。
99点とは反応が大きく違います。100点は特別なのです。
10年間で21回100点満点!
マーカス・モリトールのワインは、2011年に初めてパーカーポイント100点を獲得。
それから2022年12月時点でレビューのついている2020年ヴィンテージまでの10年間に、なんと21回もの100点を獲得しました。
ドイツ全体で2021年ヴィンテージまでの評価の中で、パーカーポイント100点を獲得したワインは54本です。
そのうちおよそ4割をマーカス・モリトールが獲得しているのです。もちろん、ドイツでダントツNo.1です。
当然それはマーカス・モリトールのワインの品質を評価されてのこと。
ただし「つくっているワインの数が異常に多い」というのも、たくさん100点を獲得できる理由の一つです。
毎年100種類のワインをつくる6つの軸
多種多様なリースリングに、ピノ・ノワールとピノ・ブラン。
これらを合わせると、毎年100種類前後のワインをつくるといいます。
この種類数は世界的に見てもトップクラスではないでしょうか。
ワインを区別する6つの軸
100種類のワイン、何が違うのか。次の6つです。
①品種 リースリング、ピノ・ノワール、ピノ・ブラン、(ごくわずかにシャルドネ)
②畑 ヴェーレナー・ゾンネンウーア、ツェルティンガー・シュロスベルクなど
③プレディカート カビネット~トロッケンベーレンアウスレーゼ
④残糖度 キャップシールの色で辛口・半辛口・甘口を区別
⑤「*」の数 なしと「*」「**」「***」
⑥ヴィンテージ
これらで区別してそれぞれ別のワインとします。だからワイナリー全体としては生産量は多いのですが、1つのワインごとでは少量生産のワインがほとんどです。
最重要品種はリースリング
マーカス・モリトールはピノ・ノワールの評価も高いです。ただ、ピノ・ノワールのバリエーションはそう多くはありません。
ピノ・ノワールに「シュペートレーゼ」などのプレディカート表記はしていませんし、味わいは辛口のみです。
なので畑と「*」の数、ヴィンテージのバリエーションのみなのです。畑もそう多くはありません。
マーカス・モリトールのつくるワインの数がこれほど多いのは、リースリングのバリエーションが多様だからです。
プレディカートとは
ドイツのワイン法では、ブドウ果汁の糖度(厳密には比重)によって6段階に区別した名称をボトルに記載することができます。
カビネット、シュペートレーゼ、アウスレーゼ、ベーレンアウスレーゼ、アイスヴァイン、トロッケンベーレンアウスレーゼです。
収穫のタイミングがだんだん遅くなっていくことで、ブドウの見た目はこのように変化します。
アイスヴァインは凍ったブドウを収穫するという条件があるため、やや別枠です。
ベーレンアウスレーゼ以上は、糖度が高すぎて全部アルコール発酵させることができないため、全て甘口ワインに仕上がります。
マーカス・モリトールではアウスレーゼまでのクラスでトロッケン(辛口)をつくっています。
キャップシールで味わいをわかりやすく
マーカス・モリトール独自のルールとしてキャップシールの色でリースリングの味わいを表しています。
キャップシールの色の意味
白:ホワイトカプセル:辛口
黄緑:グリーンカプセル:半辛口(日本未入荷)
金色:ゴールドカプセル:甘口
なお、ピノ・ノワールはえんじ色のキャップシール、ピノ・ブランは黄色のスクリューキャップが用いられています。
「Trocken」表記をしないわけ
ドイツでは辛口リースリングに「Trocken」表記がしてあることが多いのですが、マーカス・モリトールにはそれがありません。おそらくできないのです。
ホワイトカプセルの残糖度を尋ねたところ、「年によって違うが8~10g/Lだ」との回答を得ました。
実はTrocken表記のルールは下記の通り。
表記が可能な場合
①残糖度が4g/L以下である
②残糖度が9g/L以下であり、その値から2g/Lを引いた数値よりも酸度が高い
つまりマーカス・モリトールの辛口は、年によっては「Trocken」を表記できない、「半辛口」のカテゴリーに分類されます。
だからあえて「Trocken」を毎年記載せず、独自ルールで表しているのです。
「*」の数で品質を表す
「*」の数は完全なるマーカス・モリトール独自の品質基準。「***」が最上位です。
「*」の基準
①ブドウ畑の樹齢
②収穫時の単位面積あたりの収量
③バレルセレクション
バレルセレクションとは、熟成中のワインをテイスティングして判断するということです。
これらを総合的に判断して、「*」の数を決めます。「***」がない年もあるといいます。
品質が高いからこそ
マーカス・モリトールが短期間でパーカー100点を21回も獲得できたのには、ワインの種類が多いからこそです。
例えば2013年や2017年は5本ものワインで100点を獲得しています。こんなのルロワやDRCですら不可能です。トップキュヴェとそれに次ぐキュヴェの間にはある程度決まった序列があり、点数差がつくものだからです。
もちろんワインは「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」じゃないです。数が多いだけでは高評価ワインはつくれません。
これだけ高評価を受ける理由は、まずはマーカス・モリトール氏の卓越したセラー仕事。それから所有している「グランクリュ」というべき優良畑です。
おしゃべりのできないワインバカ
「マーカス・モリトール氏と話をしようとしても、会話が成り立たないだろう。ワインのことを除いては。」
同社のセールス担当はそう語ります。
彼はセラーから出てこない。土日も休みなく年から年中働いている。
一代でこの名声を獲得した醸造家は、根っからのドイツ人でした。
これだけの数のワインをつくれる訳
素朴な疑問として、失礼ながらこう思っていました。
100種類ものワインをつくるんだから、「このタンクのワイン、このボトル何だっけ?」ってことならないの?と。
ワインの扱いに慣れた輸入元フィラディスさんの倉庫ですら、モリトールのワインが入荷したら大混乱になるそうです。表記の微妙な違いで別のワインになるから(*の数など)、ワインを取り違えないように扱うのが大変だと。
モリトールで働く全てのスタッフが、みんなワインに精通しているとは思えない。ヒューマンエラーは起こるんじゃないか。
答えは「当主がずっといるから大丈夫」!
マネできないタンクの数
マーカス・モリトールには600種類もの大きさのタンクがあるといいます。小さなものは50L。大きなものは2.5万L。
この様々なタンクを所有するのが、なかなか他の国の生産者にはマネできないそうです。
例えばツェルティンガー・ゾンネンウーアの畑から、今年ベーレンアウスレーゼクラスのブドウがどれだけ収穫できるか。それは収穫して選果してみるまでわかりません。
ワインの醸造には仕込むワインの量に合わせて適切なサイズの容器を使う必要があります。ワインがタンクの8分目では、過剰に空気に触れて酸化するのでワインがダメになってしまいます。
適切なサイズのタンクがなければ、混ぜてちょうどいい量にするしかありません。例えば同じ畑のアウスレーゼクラスに格下げして混ぜてしまう、あるいは複数の畑を混ぜて畑名を表記しない、などです。
モリトールのように「*」の数でまで区別して生産するワイナリーはほとんどありません。
つくるワインの数が増えれば、それだけ小さなタンクがたくさん必要になるからです。もちろん手間もかかります。
タンクの数はモリトールの特異な点です。
より分けるからこその高評価
小さいタンクをたくさん所有するからこそ、「最高級区画を選りすぐってつくる」ということができます。
ブルゴーニュにもそういうのはあります。
例えばシャブリのラロッシュという生産者。通常の特級キュヴェ「ブランショ」の他に、「レ ブランショ ラ レゼルヴ ド ロベディエンス」という特別区画のワインをつくっています。
ブルゴーニュなので1樽の大きさは通常228Lです。その特別区画から少なくとも1樽分1以上のブドウが取れるから、この特別ワインをつくれるのです。
マーカス・モリトールではもっと少ない量でも特別ワインがつくれます。
他の生産者なら混ぜてその畑のワインとするところ、モリトールは「*」の数で区別して、いいワインともっといいワインと飛びぬけていいワインの最大3種類をつくれます。
これが数多くのパーカーポイント100点を獲得できる最大要因だと推測します。
実際、21回の100点のうち17本は「***」がついています。
モリトールの醸造法
聞く限りマーカス・モリトールが突飛な醸造法をとっていることはなさそうです。
収穫したブドウを破砕してスキンコンタクト。ワインにより2~21時間行います。
伝統的なバスケットプレスをつかってゆっくりと圧搾。時間をかけることで果汁が適度に酸素に触れ、それにより仕上がるワインが安定するといいます。
辛口に仕上げるワインは全て古いオーク樽で発酵・熟成。必ずシュール・リーをします。
半辛口・甘口のワインはステンレスタンクで発酵・熟成。本当はオーク樽で行いたいが、限られたスペースを有効に使えるのはステンレスタンクだからだそうです。
全て天然酵母での発酵
全てのワインは自然酵母で発酵させます。これが少し珍しいかもしれません。
リースリングは酸度が高く、しかもモーゼルは冷涼なので、発酵のスピードはかなりゆっくりです。しかし「遅くても問題ない。ワインの出来上がりが遅いなら出荷を遅らせばいい」という考え方だそうです。
発酵が遅いデメリットは、時間がかかるということは大きくありません。好ましくない酵母の繁殖により発酵が良くない方向に行きやすいという点です。
きっとマーカス・モリトール氏がずっと働いていて常にチェックしているから、この方法でもいいワインがつくれるのでしょう。
これはマーカス・モリトール氏の言葉ではありませんが、天然酵母で発酵させる理由について「テロワールを表現するため」というのがよく聞くものです。
おそらくモリトールも同じ。なぜなら畑の違いを表現したいはずだから。なにせモリトール氏は「グラン・クリュのコレクター」だそうですから。
グラン・クリュのコレクター
ドイツには(現在は)グラン・クリュという畑の格付けはありません。
VDP(ドイツ高級ワイン生産者連盟)にも加盟していませんから、そこが定めるグローセ・ラーゲも名乗れません。
それでもマーカス・モリトールが所有する畑が、昔からの優良畑という意味で「グラン・クリュ」ということができます。
その根拠は税金の区分。「この畑の所有者からは高い税金を取る」という昔の地図。モリトールの畑の多くは、この税金の高い区画なんだそうです。
モーゼルの優良畑の条件
南向きの急斜面にある畑。
それがモーゼルで優良畑とされる条件です。南東~南西向きの斜面も含まれます。
これはモーゼルが高緯度に位置するから。
緯度が高いと太陽の差し込む角度が低いので、平地の畑だと効率的に日照が得られず、ブドウが熟しにくいのです。
急斜面の畑ほど日照を効率的に得られ、熟したブドウが得られます。
モーゼル川は蛇のように曲がりくねっています。
だからこそ南向きの斜面が何か所も形作られ、そこが昔からの優良畑とされてきたのです。
畑の違いは土壌の違い?
では同じ南向き斜面の畑なら同じようワインになるかというと、そうではありません。
リースリングは土壌の違いもしっかり反映するブドウです。
例えば「ベルンカステラー・ライ」という畑。ここは青色粘板岩や灰色粘板岩の土壌です。
モーゼルのこの地方ではよく見かける土壌です。
アドヴォケイトでも具体的な香りの特徴は述べていませんが、白桃系の香りをよく感じるように思います。
比べて違いが分かりやすい畑が、「ユルツィーガー・ヴュルツガルテン」。
ここはモーゼルでは珍しい、鉄分を多く含んで赤みがかった赤色粘板岩土壌です。
トロピカルフルーツのアロマを感じる傾向にあるといいます。
きっとマーカス・モリトール氏は、優良な畑のブドウで自分もワインをつくってみたいのでしょう。
創業以来、徐々に買い足していった畑は、現在25地区に点在しています。
飲み頃前の白ワインとは
「そんなに評価が高いなら飲んでみよう」と軽い気持ちでモリトールのワインを飲んだなら、きっとその価値をさっぱり理解できないでしょう。私も全く好きになれませんでした。
モリトールのワインは明確に『熟成してナンボ』です。
飲み頃は10年後から
例えばこのワイン。2020年ヴィンテージで入荷したワインの辛口の中で、一番評価が高いワインです。
このワイン、アドヴォケイトによる飲み頃予想は2032年から。つまり「リリースから10年熟成させてから飲んでね」ということです。
モリトールのリースリングとピノ・ノワールで、リリース直後から「もう飲み頃」評価をされるものはあまりありません。ほとんどが少なくとも5年程度は待つべきという評価。点数はその熟成ポテンシャルも含めて。ステファン・ラインハルト氏の経験に基づき、飲み頃を迎えてより風味が発展した姿を想像してのものです。
飲み頃手前のワインを飲むと・・・
若すぎるワインを飲むとどう感じるのか。赤ワインは想像しやすいです。わかりやすいのは、強すぎる不快なタンニンです。
試飲したこのピノ・ノワール。アドヴォケイトのレビューではもう飲み頃でしたが、試飲するとまだまだ粗削りで尖ったようなタンニンでした。
今飲むなら、抜栓して次の日に飲みたいところ。
飲み頃前のリースリング、経験のない方にはピンとこないかもしれません。
あえて言葉にするなら、ミネラル感が硬質すぎるんです。ゴロゴロとした小石を思わせるような風味があり、親しみやすさを感じません。ほのかに苦みもあります。
これが熟成して飲み頃を迎えると、香りや風味のボリュームが増して、アルコール度数は低いのに心地よい重量感を感じるようになります。でも、酸度が非常に高いので、変化していくスピードは非常にゆっくりです。
万人におすすめできる生産者ではありません!
3000円くらいのドイツワインが好きだから、特別な日に飲むワインにマーカス・モリトールを買ってみよう。
全くおすすめしません!「なんかすごそうなワインだな~、美味しくないけど」そんな感想で終わってしまうかも。
なにしろ本領発揮するまでに時間がかかりすぎる。
ワインセラーがいっぱいなのに、「飲むワインがない」なんて言うワイン沼にハマっている人。
そんな人がモリトールの正客です。
熟成ポテンシャルのあるワインは、他の地域にもいくらでもあります。
しかしワインの価格に対するパーカーポイントの評価の高さという点で、おそらくマーカス・モリトールのワインに並ぶものはありません。
複数本買って、まずは怖いもの見たさで飲んでみる。その後、しっかり熟成させてから味わう。
そんな忍耐が必要なワインではありますが、その価値があるワインであることを評価誌が保証しています。
素晴らしいワインはどうやったらできる?
感動するような美味しいワインをつくるにはどうすればいいか。
それがわかったら苦労はしません。
答えのない質問ではありますが、モリトールの営業担当はこう語ります。
「経験上、愛情をこめてつくられたワインは、素晴らしいワインだ」
休みなく働いてずっとセラーにこもっているマーカス・モリトール氏は、ワインバカ。
モリトールのワインには、間違いなく彼の愛情が込められています。
飛びぬけた熟成ポテンシャルを持つモリトールのワイン。自宅のセラーで忍耐強く育ててみてはいかがでしょうか。
(※モリトールのリースリングはボトルの高さ35cmあります。熟成目的で購入される前に、ワインセラーのサイズをご確認ください)