バスク地方の名産ワインである「チャコリ」は、レストランシーンではなく普段の晩ごはんでこそ活躍する白ワインです。
スッキリ爽やかな味わいと"海のミネラル"のような風味は、魚介料理も含めて幅広い料理にあうからです。
ワインとしての美味しさとその使い勝手の良さゆえ、「チャコリがあればもう十分」という人が続出。
スペインバルで見る「エスカンシア」のウソ・ホントもあわせて、チャコリの魅力をご紹介します。
バスクを旅行したときに飲んだワインが美味しかった!
旅行先で飲んだワインが美味しかったから、日本でも飲みたい!
チャコリの人気が広まった原動力は、まずはこれです。観光都市であるビルバオやサン・セバスチャンとその周辺。独特の「スペインバル」の文化を体感した人が、「あのワインまた飲みたいな」とチャコリを選ぶのです。
スペインバスクとフランスバスク
有名なのはスペイン側ですが、「バスク地方」というのはスペイン領からフランス領にまたがって広がります。
大きく3つのエリアに分けられるなかでも、スペインの海側バスクでつくられるのが「チャコリ」というワインです。
バスク地方の中心は北西に位置するビスカイア県にあるビルバオ。
ビルバオを中心とした都市圏は100万人の人口を抱え、これはスペインで第5位に当たります。
観光地として人気を集めるバスク
ビルバオは19世紀から20世紀初頭にかけて工業都市として発展しました。
しかし1940年前後の内戦とそこから続く政情不安によって、1980年代にかけて衰退していきます。
しかし1990年代に入ってから急速に変化を遂げます。インフラへの投資を行い、芸術とサービスの街となったのです。
その象徴と言えるのが、ビルバオ・グッゲンハイム美術館です。
Photo by Jorge Fernández Salas on Unsplash
このグッゲンハイム美術館のオープンから、バスクに対する認識が変わってきたのだとか。
バスクはいまや、ヨーロッパのみならず世界中から人が押し寄せる、一大観光地となりました。
美食の街 サン・セバスチャン
このビルバオと並ぶ観光地が、東側ギプスコア県に位置する都市サン・セバスチャン。
ビスケー湾に面した大変風光明媚なところです。
Photo by Raul Cacho Oses on Unsplash
サン・セバスチャンは美食の街として有名。ミシュラン3つ星レストランを始めとしたたくさんの上質な有名レストランが観光客の胃袋を満足させています。
「飲み歩き」が楽しいスペインバルも忘れてはなりません。
チャコリはその両方で楽しまれています。
独特の「スペインバル」文化
サン・セバスチャンにおおく立ち並ぶスペインバルは、日本で言うなら「立ち飲み屋」の集合地帯。
1軒で満足するまで食べて飲んでというのではありません。何軒もハシゴ酒することが前提。1杯のチャコリや他のお酒と「ピンチョス」と呼ばれる軽いおつまみを1~2品。さっと食べて次のバルでまた1杯。
そうやって渡り歩くのがスペインバルの楽しみ方です。
観光客からするとうれしいですよね。しっかり落ち着いた食事もいいけど、行きたいお店がたくさんあっても1軒しかいけない。
限られた旅程のなかでいろいろなお店に入れるのは、このバル文化ならではです。
「チャコリは高くから注いで飲む」のウソ・ホント
バスクでチャコリを飲んだことがある方は、ひょっとすると「エスカンシア」をご覧になったことがあるかもしれません。
この写真のようにチャコリを高いところからジャバジャバと注いで提供する。通常のワイングラスではなくそこの平たいタンブラーのようなグラスで飲みます。
チャコリはエスカンシアして飲むもの、というのはホントでもありウソでもあります。
チャコリを高くから注ぐ目的とは
高いところから注いで泡立たせることで、ワインに空気が含まれて酸味がまろやかになる効果があります。またその衝撃で香りが広がりやすくもなります。
これはチャコリをより美味しく提供できるようにと、観光客を楽しませる意図もあって、スペインバルで始まって広がった習慣だといいます。
多くのスペインバルでは、きっとエスカンシアしたチャコリの方が美味しいです。そう予想するには理由があります。
「地元消費ワイン」グレード
バスクは大西洋に面した偏西風の影響を受ける地域です。そのためワイン産地としては降水量が多い傾向。現在はともかく一昔前は、ブドウが完熟するのはなかなか難しい地域でした。
熟度の低いブドウでワインをつくれば酸味が高いワインとなります。酸味の高いワインを飲みやすくするため、少し甘みを残したり泡感のある仕上げにしたりと工夫して仕上げていました。
そんな酸っぱいワインだからこそ、エスカンシアで美味しくなる。むしろ「悪いところが隠れる」と言った方がいいでしょうか。
リーズナブルなバルで提供されるチャコリは、大量生産される地元消費グレードのものです。そのクラスのものは日本には届きません。わざわざ輸送費をかけて遠くに運ばなくとも、観光客が飲んじゃいます。
そのまま飲んではちょっと酸っぱいチャコリだからこそ、エスカンシアで美味しくなるのです。
良質なチャコリはエスカンシアしないほうが美味しい
バスクでも上級のレストランでは、チャコリをエスカンシアして提供はしません。そのまま注いで飲んで美味しいからです。
丁寧に育てた完熟ブドウでつくるチャコリは、そのままで味わいのバランスがとれています。むしろ衝撃を加えることで口当たりに荒さを感じたり、味のバランスが崩れるかもしれません。
他のワインで「高くから注いで飲む」というものはほとんどありません。ワインは振動を加えず優しく扱うのが基本。それが理論的にも経験的にも美味しい飲み方です。
でもエスカンシアすることによる「本場の雰囲気」って確かにあります。それにヴィンテージ差などで銘柄によっては自分には酸っぱく感じることもあるでしょう。
全部注ぐのではなく1杯分だけエスカンシアしてみてもいいかもしれませんね。周りが汚れないよう、シンクの上でやるのをおすすめします。
チャコリは微妙にお高い!?
日本で見かけるチャコリは、高級ワインとは言わないまでも、1000円台の手頃なものもあまり見かけません。これは先ほど述べた「観光都市のワイン」ということに関係しています。
手頃なワインはわざわざプロモーションして海外に種出しなくとも、地元で十分に消費されてしまいます。だからチャコリのなかでも上級のもののみが、はるばる日本にやってくるのです。
当店で扱っているチャコリは、きっとスペインバルで飲んだものよりずっと高価です。でもそれは輸送費などだけが理由ではなく、グレードのより高いものだからです。
チャコリとはどんなワイン?
チャコリとはどんなワインかをごく端的に述べるなら、「スッキリ辛口の白ワイン」です。
しかしその中にも味わいの多様性がありますし、実はロゼや赤、スパークリングのチャコリもあります。
典型的なチャコリの味わい
チャコリ白の基本の味わい
酸味 ・・・ 高めでスッキリ
ボディ ・・・ スマートで軽やか
樽熟成 ・・・ 基本はしない
泡 ・・・ スティル or 天然の微発泡
香り ・・・ リンゴや柑橘、白い花など
風味 ・・・ 余韻に海のミネラル感
チャコリはそれほど香りが華やかに広がるワインではありません。むしろやや控えめ。アルコール度数で13%を超えるものはあまりなく、軽やかな口当たりのものが大半です。
その特徴が、後の幅広い料理との相性につながります。
チャコリのブドウ品種とは
チャコリをつくる白ブドウは、「オンダラビ・スリ Hondarrabi Zuri」と「オンダラビ・スリ・セラティア Hondarrabi Zuri Zerratia」。
オンダラビ・スリの方は、フランス側のバスクでは「クルビュ・ブラン Courbu Blanc」と呼ばれているものだという記述があります。一方でアメリカのイリノイ州で見つかった「ノア」というアメリカ系ブドウ品種と同一であるという説もあります。
(※ ジャンシス・ロビンソン 『The Grapes』による)
生産者は「他の地域にはないブドウだ」と言っているそうで、諸説があるようです。
「セラティア」は「拳」という意味であり、拳のように小さな房をつけることからきています。より凝縮した果実味のブドウがとれるといい、ビスカイアの環境に向いているのだとか。ほかの地区ではあまり栽培されません。
こちらは「プティ・クルビュ Petit Courbu」の別名だそうで、フランス側のバスク地方で栽培されます。これについても異論があるようで、ハッキリしたことはよくわからないのが実情です。
気候の要素がワインに現れるのか、「スリ」も「スリ・セラティア」も風味はよく似ています。
味わいとしては先ほどチャコリの特徴として述べた通り。似ている品種を挙げるとするなら、スペインの「アルバリーニョ」を少しスマートにしたイメージか、ギリシャの「アシルティコ」が近いと感じています。
チャコリは微発泡ワインなの?
チャコリは少し泡感のあるものがたくさん流通しています。特に日本に入り始めのころは微発泡タイプが中心だったためか、「チャコリといえば微発泡」のイメージが強いです。
しかし実は泡のないスティルタイプのものが少なくありません。「泡を必要としない上質なものが増えてきた」といえるでしょう。
しかもコルク栓のチャコリは、未開封でも泡が抜けていきます。
日本に入港してから半年ほどはある程度泡を感じるものも、1年以上経過して飲めばほとんど泡がないという銘柄もあります。
2024年4月に入港したイルスタのゲタリアコ・チャコリーナ2023年を5月に抜栓したもの
微発泡を期待して泡がなかったらガッカリ。「チャコリは泡があってもなくても美味しい」と思っておくのが吉です。
チャコリの白ワインを選ぶ際は産地に注目
チャコリの白ワインを選ぶなら、3つの産地どこでつくられるものかに注目しましょう。
産地によってワインの味わいや微発泡タイプの比率が異なります。
地区名 |
エチケットの表記 |
特徴 |
味わい |
ビスカイア |
ビスカイコ・チャコリーナ |
最も生産者数が多い |
味わいに厚みやコクがある |
ゲタリア |
ゲタリアコ・チャコリーナ |
サン・セバスチャンを含む地区 |
微発泡タイプが多い |
アラバ |
アラバコ・チャコリーナ |
内陸部でつくられる |
ミネラル感が抑えられ味により厚みがある |
タイプが決まればまずは飲んでみるべし
同じエリアで価格が同じくらいなら、それほど風味に大きな違いがないのがチャコリです。「どの生産者がいいだろう?」と悩むより、まずは目についたものを飲んでみるべきです。
以前にチャコリの試飲会でいろいろ飲み比べたことがありますが、3つのタイプの違いは感じる一方で、生産者ごとの違いはそれほど大きくありませんでした。
チャコリを飲むのは初めて。あるいは旅先で飲んだものに近いのを飲みたいというのであれば、まずはゲタリアコ・チャコリーナから入ることをおすすめします。
ゲタリア産チャコリのおすすめ
当店のベストセラーチャコリ!爽やかで軽やかな味わいに、キリっと余韻を引き締める海のミネラル感。人気なので冬になると次のヴィンテージを待たず欠品してしまうことも。
「エスカンシアをやってみたい!」というのであればこのワインで。ヴィンテージによりますが少し酸味が尖って感じることもあります。余韻のほろ苦さも、きっとエスカンシアで少し和らぐことでしょう。
※2024年6月再入荷予定
ゲタリアのチャコリらしい軽やかで繊細な味わいが心地いい。他の2本に比べると少し酸味は柔らかい印象です。飲んでいるとつい何かを食べたくなる、「お腹の減るワイン」です。
ビスカイア産チャコリのおすすめ
ビスカイアらしいコクと旨味をともなったチャコリで、岩塩をなめるような硬質なミネラル感が余韻に長く続きます。新ヴィンテージリリースから1年くらいでぐっと美味しくなることも過去にありました。
この生産者のチャコリは全く泡のないタイプで、果実味の凝縮感が優秀。三つ星レストランがつくっているだけあってか、食事時の心地よさは抜群です!
「シュール・リー」という製法によって他に比べてコクのある味わいに仕上がっているチャコリ。少し価格高めな分、ボリューム感と風味の複雑さはひと際!生産者は「熟成させて飲んでも美味しい」と勧めており、他より少しヴィンテージが古めです。
アラバ産チャコリのおすすめ
輸入元さんが依頼してつくってもらっている日本オリジナルの銘柄で、この地区に珍しいわずかに発泡しているタイプです。コクがあるタイプではあるのですが、微発泡により溌溂とした雰囲気が加わって適度な軽やかさ。エチケットのかわいらしさもあわせて人気のチャコリです。
チャコリに共通して感じる「ミネラル感」が、ゲタリアやビスカイアでは海風や貝殻を思わせるような風味に感じます。それに対してこの「エウケニ」のミネラル感は、どちらかというとゴツゴツした岩を想わせるもの。それがコクとともに広がって、何とも言えない複雑味を醸し出しています。
チャコリが気に入ったら試してみたい ロゼ・赤・泡
白ワインだけがチャコリではありません。「オンダラビ・ベルツァ」という黒ブドウを用いたロゼワインや赤ワイン。それから本格的なスパークリングワインもあります。
このオンダラビ・ベルツァというブドウ、最近の研究でカベルネ・フランと同一であると判明したそうです。
※生産者からのまた聞きのまた聞きなので、裏付けはとれておりません。
チャコリ・ロゼのおすすめ銘柄
白のチャコリとロゼのチャコリを比べたときの違いは、基本的には白ワインとロゼワインの違いに近いもの。
風味の質が赤いベリー系のものとなり、コクが増します。爽やかでシャープな酸味から、骨太で丸みのある酸味に。海のミネラル感は控えめになります。
当店のロゼ・チャコリでは最安値。白のフレッシュさと比べると少し抑え気味な酸味はより万人受けしそう。相変わらずお腹が減ってくるワインで、単体よりも食事時に飲みたい。
割とヴィンテージ差のあるワインです。素晴らしく軽やかで蒸発するかのように飲みほしてしまいそうな年もあれば、ほどよくコクがあって飲みごたえのある年も。一貫して当店にある3本の中で最も上品で華やかです。
アラバの特徴を如実に表していて、口に含んで感じるフルーツ感に最も厚みがあります。プロヴァンスのロゼよりは一段ドライな風味で、爽やかさと飲みごたえの両方を求める人にはピッタリでしょう。
「白のチャコリは美味しいけど、涼しい季節には少し酸っぱい」そう感じる方はロゼをチョイスしてみては?より柔らかい口当たりで年中楽しめそうです。ロゼワイン自体がフードペアリングの幅が広い飲み物ですが、チャコリのロゼはそれに輪をかけます。
非常に珍しいチャコリの赤ワイン
風味は価格相応に複雑で、やや軽やかな口当たりとほどよい酸味。味わいのポジションはなかなか例えるものがありません。
言われてみればロワールのカベルネ・フランに似ています。樽香の効いたどっしりとした感じではありませんし、ピーマンのような青さもありませんが、ハーブのような爽やかさは共通点があります。
正直、チャコリの赤ワインは白とロゼの後にすすめたい。このイルスタという生産者は、白もロゼも優秀です。それらを気に入った方に続いて飲んでみてほしいワインです。
「白ワインは酸っぱい物が多いから赤ワインを飲んでいる」という方は、誤解を恐れずに言うとそもそもチャコリが口に合わないでしょう。
飲めば驚く品質 チャコリのスパークリング
そんなによく売れるわけではありません。でも味を知れば購入率は高い。輸入元の営業さん曰く、試飲会に出品すればレストランさんがこぞって仕入れてくれるといいます。
泡の質感がいいのはシャンパンと同じ伝統的製法をきちんとした技術で実践しているから。品種と産地の特徴として、シャンパンと同様ミネラル感が強いワインだけあり、それが瓶内熟成により旨味のような長い余韻として感じます。購入前は「ほんとにこんな値段だす価値あるの?」と疑っていても、1口飲めば十分納得です。
チャコリにおすすめの料理・おつまみはない!?
「今日のワインにあわせてどんな料理をつくろう?」
そう悩む必要のないのが、チャコリのいいところです。
とチャコリおじさん(インポーター:いろわはわいんの寺田社長)が言うとおりです。
チャコリの現地での楽しまれ方
バスク地方のスペインバルで提供される小さなおつまみ「ピンチョス」。その種類は本当に多種多様です。
サン・セバスチャンは港湾都市ですから、魚介料理が非常に豊富です。ピンチョスにもアンチョビやオイルサーディンをつかったものがたくさんあります。
飲み歩きが基本のバル。酔っぱらったうえで食べ物に合わせてワインの種類を選ぶなんてできません。全部チャコリであわせます。
ワインが苦手としがちな魚介料理。それだけじゃなく肉や野菜のピンチョス。
それらに「ピッタリ合う」と言わないまでも、顔をしかめるような組み合わせはない。だから安心してヘベレケになりながら食べて飲んで次のお店に行けるのです。
あわない料理や食材が本当に少ない。それがチャコリの魅力です。
最も簡単なチャコリのアテは冷ややっこ!?
「ワインを飲むなら、ちょっと頑張っておしゃれな料理をつくらないと」
そう思っていませんか?もちろん、手間暇をかけるべき高級ワインも確かに存在します。
しかしそれはチャコリに当てはまりません。
「今日はチャコリを飲むけど、アテはなににしよう?」
最も簡単でほどほどにあうアテは、冷ややっこです。
おそらくネギはなしのショウガ醤油がベスト。「料理」と呼ぶのもはばかれるほどの簡単なアテ。
ぜひお試しあれ。
知らなきゃ損する「チャコリ」の魅力
当店で扱うチャコリの多くを輸入するいろはわいんの寺田社長は、チャコリの魅力をこう語ります。
筆者もこの考えに同じ。「チャコリ」であればそう大きな味わいの違いはないから、安心して選べる。
「多種多様なワインを違いを感じて飲み比べたい」という方よりは、「お気に入りの銘柄を見つけたらそれを長くリピートする方が失敗がない」と考える方に向いたワインだと感じています。
一方で雨の多い地域だけあり、ヴィンテージ差はあるので、毎年飲む楽しさもあります。
観光地のワインだけあり、「コストパフォーマンス抜群」とは申しません。しかしそのキャラクターは特異なものです。
スッキリとした風味と海のミネラル感は、春から夏にかけては体に染み込む心地よさがあります。
秋の食材、例えばさんまに醤油をかけて食べるならロゼ・チャコリの旨味がピッタリです。
冬場は海鮮をつかった寄せ鍋がチャコリを呼んでいます。
一年中、高級レストランよりも自宅の食卓でこそ活躍する「チャコリ」。それを知らないのはもったいないと筆者は主張します。