蛇行するモーゼル川に沿った急斜面のブドウ畑。モーゼルは世界トップクラスのリースリングの産地です。
モーゼル川は美しさだけではありません。ワインの味わいに大きな影響を持っています。
モーゼルのワインの特徴とは?その特徴を感じるワインとは?
日本人になじみの深いモーゼル地方についてご紹介します。
モーゼルはどこにある?
ドイツの西のはずれ、ルクセンブルクに国境を接し、フランスにも近い位置にモーゼル地方は広がります。
少し前まで、モーゼル・ザール・ルーヴァー地方と呼ばれていました。
それぞれ川の名前でもあり産地の名前です。この3つの川を中心として、モーゼル地方は広がります。
おそらく日本人にとって最も聞き覚えのあるドイツの産地はモーゼルではないでしょうか。
生産量第一のラインヘッセンや、品質第一のラインガウより、知名度は上でしょう。
そんなモーゼルですが、ド田舎です。
ドイツのはずれもハズレ。大外れ。
鉄道すら走っていない、公共交通機関はないんじゃないかという地域です。
蛇行するモーゼル川の重要性
それでもワイン産地としては非常に重要です。
その理由は蛇行するモーゼル川によります。
ドイツワインの概要をお話した際に、ドイツでは急斜面の畑が多いという話をしました。
これは緯度の高いドイツにて、効率的に日光を受けてブドウを完熟させるためです。
斜面の畑はもちろん山が隆起してできる場合もありますが、たいては河川の浸食作用によってできます。
長い年月をかけて水が土壌を削り、それが川とそれに沿った斜面となり、そこにブドウを植えたのです。
ラインガウと違う点
ドイツを貫くライン川は、ほとんど南から北へと流れます。
その例外的な地点が、タウヌス山脈にぶち当たって20kmあまりにわたり西へと進路を変える、ラインガウ地方です。
そこには南向き斜面の素晴らしい畑が広がるのですが、逆に言うとその範囲にしか最高条件の畑はありません。
南北に流れる川の両端には、東西向きの斜面になるのです。
それに対しモーゼル川は幾度となく蛇行しています。
蛇行によって、川沿いに東西南北すべての方向を向く斜面の畑を作り出しているのです。
同じような土壌組成でも、斜面の向きが違えば出来上がるワインの個性も違います。
さらにモーゼルにはザール川、ルーヴァー川といった支流もあり、それもまた独特の気候を形成しています。
そういった点でモーゼルは、理解しがたく、面白い産地と言えます。
産地としてのモーゼル概要
ペルルの街からコブレンツの街まで。
モーゼル川に沿ったモーゼル地方は、全長243kmにもわたって広がります。
これは先述のとおり蛇行しているからで、直線距離ならその半分程度の140kmほどです。
栽培面積 | 約8800ha(第5位) |
ベライヒ(より小さな地域区分) | 6つ |
単一畑の数 | 524 |
主要品種 | リースリング(62%)、ミュラー・トゥルガウ、エルプリング、ケルナー |
属する州 | ランラント・ファルツ州、およびザールラント州 |
歴史から紐解くモーゼル
モーゼルはドイツで最も古い産地だと言われています。
公式な記録として最初にドイツでワインづくりを開始したのは、ローマ皇帝のプロブス(232~282年)だと言われています。
一方で2000年前にはモーゼルの渓谷でブドウ栽培がおこなわれていたという記述もあります。
ヨーロッパ最古の品種?エルプリング
ここで一つ豆知識を。
モーゼルの上流部では今もエルプリング Elblingという品種が栽培されています。
その面積は500ha弱で年々減っています。
今でこそ忘れ去られつつあるこの品種ですが、200年前はドイツで最も栽培されているブドウだったそう。
そして遡ること2000年前、ローマ人がモーゼルに持ち込んだ品種が、このエルプリングだったと言われているのです。
ヨーロッパ最古の品種のひとつと考えられているわけです。
エルプリングの特徴
特徴としては、糖度が低く完熟すること。
香りは控えめで口当たりも軽く、酸の豊富な白ワインとなります。
現在の用途はスパークリングワインのブレンド用がほとんど。
実際に日本でエルプリング単一のワインを見かけることはほとんどありません。
しかしそのような繊細なワインが見直されつつある昨今。
ひょっとしたらエルプリングが世界的に見直される日が来るのかもしれません。
リースリングを語るに必須 粘板岩土壌
ドイツで最も多く栽培され、すべて生産地域で生産されるブドウ品種、リースリング。
しかしこと高級なものに関していえば、その土壌はほとんどが粘板岩土壌です。
粘板岩、英名スレート Slate、ドイツ名シーファー Schiefer。
リースリングを、モーゼルを語るのに欠かせないこの土壌について軽くご紹介します。
粘板岩 スレートとは
モーゼル川流域には、デヴォン紀(約4億年前)に由来する海底堆積物が岩石となった粘板岩土壌が広がります。
海底に積もった動植物の死骸などが岩石となり、それが高温高圧にさらされることでタイル状の土壌となります。
見ての通り栄養分が少なく保水力が弱いため非常に水はけがいいです。
熱を蓄える性質があり、昼間に太陽光で得た熱を夜間放出します。
その性質がリースリングの成熟を助けます。
粘板岩、スレートはよく瓦の材料となったり、欧米では墓石として使われています。
割と世界中でちらほら見られる土壌で、スペインなどにも多く日本にも少しあります。
しかしその組成はそれぞれに異なります。
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粘板岩土壌にもいろいろ
スレートは圧力によってできる板が重なるような状態の岩石のこと。
一括りにされますが、もとがどんな岩石だったかによってワインの風味は変わってきます。
一例として後に詳しく紹介する「シャルツホフベルガー」の畑。
デボン紀の粘土およびシルト質のスレートの土壌を何度も掘り返して成り立っています。
こういった暗色粘板岩土壌のリースリングからは、桃やアプリコットのようなアロマが感じられ、フレッシュで溌溂としたワインになるそうです。
モーゼル地方には何種類もの粘板岩土壌が複雑に分布しており、畑が細かく分けられる理由となっています。
粘板岩土壌のリースリング
粘板岩土壌の畑からつくられるリースリングは、舌の上で感じるグリップが違います。
石灰質土壌をはじめ、リースリングはいろいろな土壌で育てられ、それぞれに良さがあります。
しかし飲み比べてどのリースリングに一番高い値段をつけるかとなると、粘板岩土壌の一択です。
他の土壌のものとはスケール感がまるで違うからです。
豊かな味わいが長い余韻となって続く。
モーゼルの中でも銘醸畑といわれるところの多くは、この粘板岩土壌です。
モーゼルが有名になったわけ 黒猫の物語
スーパーなどのワインコーナーで、黒猫が描かれた細長いボトルを見かけたことはありませんか?
実はこれ、モーゼルに伝わる逸話に由来します。
150年ほど前、モーゼルのツェル村にワイン商人が買い付けにきました。
いくつもの醸造所を試飲して回り、最終的に3つの樽までに候補を絞ったのですが、なかなか決め切れない。
するとそこに1匹の黒猫が現れ、1つの樽に乗ると近づくものを威嚇し始めました。
それを見た商人は、その樽に決めて購入したのでした。
黒猫が選んだ樽は美味しい
その逸話が広まると、そこのワインを「黒猫=シュヴァルツ・カッツ」と呼ぶようになりました。
評判を聞いた近隣の村も、その人気にあやかろうと自分のワインにも黒猫を描いて売り出します。
もともとの生産者は面白くない。
しかしそれを訴えても「シュヴァルツ・カッツは畑名ではなく愛称だから」と却下されてしまいます。
1971年の畑の統廃合によって、ツェル一帯の村は「ツェラー・シュヴァルツ・カッツ」というグロースラーゲ(集合畑)に属するようになります。
630haもの広大な畑どこでつくってもその名前が名乗れるのです。
次第にその名声は「安くて甘ったるいつまらないワイン」というレッテルを貼られてしまいました。
1000円程度で手に入る甘口ワインとして、シュヴァルツ・カッツはワインの入り口としてはいいのかもしれません。
しかしモーゼル地方の魅力は、そのボトルに収まりきるものではありません。
モーゼルのおすすめワイン
まず名前が挙がるべき エゴン・ミュラー
モーゼルのザール地区。そこに「シャルツホフベルグ」というモーゼル唯一のオルツタイルラーゲがあります。
通常ドイツの畑名は「村名+畑名」の形で表記されます。
オルツタイルラーゲとは、「畑名」のみ表記することが許可されている5つの銘醸畑のことです。
※残念ながら最近は入荷しておりません。
エゴン・ミュラーはそのシャルツホフベルグの最大所有者です。
「シャルツホフベルガー・リースリング・トロッケンベーレンアウスレーゼ」つまりエゴン・ミュラーがつくる貴腐ワインは、『世界一高価な白ワイン』として有名。
最新ヴィンテージの価格が100万円程度をつけ、現時点ではDRCのモンラッシェを上回っているようです。
つくりはいたってクラシック。
入念な畑仕事にもとづく伝統的な醸造。
出来上がるワインは、長期の熟成を前提とした味わいです。
ハッキリ申して、若いうちは何が美味しいのか、少なくとも私にはよくわかりません!
しかし20年、30年と熟成すると完全に化けます。忍耐が必要なワインなのです。
パーカー100点連発!マーカス・モリトール
所有畑面積100haとモーゼル地方でトップクラスの規模ながら、質についてもトップクラスという稀有な生産者。
生産量自体は多いものの、キュベの数も膨大にあり、日本未入荷のものも含めると80種類程度はつくっています。
畑の数 × 糖度によるクラス × 辛口・半辛口・甘口 × 独自の3段階基準
この掛け算によりワインの種類が膨大になり、入港するたびに輸入元様の倉庫が大混乱になるんだとか。
毎年何種類かはパーカーポイント100点を獲得しており、なかなかの価格にも関わらずすぐに売り切れます。
そしてパーカーポイント高得点を取りやすいということは、熟成ポテンシャルがあるということ。
つまり今飲むには硬いということ。
鉱物的なニュアンスが苦味にも感じるほど。ドイツワイン初心者にはあまりおすすめしません。
もし手に入るなら思い切ってバックヴィンテージを狙ってみましょう。
マーカス・モリトールについてはこちらから。
ケース・キーレン
未来に美味しいワインだけでなく、今美味しいモーゼルもご紹介。
ケース・キーレンがつくるリースリングは、何の説明もなく素直に美味しいです。
柑橘系の風味と甘味・酸味の調和。
その見事さ。
もちろんこのワインだけ飲んでも美味しいですが、いろいろなワインを飲み比べしたあとで飲むとより一層「ウマ~」となるのが不思議です。
辛口に特化 ヘイマン・レーヴェンシュタイン
モーゼル地方の一番下流側、テラッセンモーゼルと呼ばれる地域にヘイマン・レーヴェンシュタインのワイナリーはあります。
テラッセン、つまりテラス状に畑が広がる地域です。
斜面の畑では余りに保水性が悪く土に栄養がないため、テラス状にしないとブドウが育たないのです。
7種類ものスレート土壌から、一貫して辛口ワインばかりを作り続けている生産者。
VDP、ドイツ高級生産者連盟に加盟しており、上級キュベはグローセス・ゲヴェックスを名乗ります。
ステーキなどの肉料理に合わせるワインはタンニンのある赤ワインが一般的。
ですがグローセス・ゲヴェックスほどのパワフルなリースリングなら、お肉料理ですら見事に受け止めます。
このほか当店で取り扱いのない生産者では、J.J.プリュム、シュロス・リーザー、フリッツ・ハーク、ドクター・ローゼンなどが押さえておくべき著名生産者です。
問題提起 モーゼルとラインガウ リースリングの違い
近年は南ドイツでの赤ワイン比率上昇もあり、バーデンやファルツでもブルゴーニュ品種を使って素晴らしいワインがたくさん作られています。
しかし昔ながらのリースリングで考えるなら、ドイツの2大銘醸地はラインガウとモーゼルです。
ではこの2つ、どう違うのでしょうか。
ラインガウとモーゼルのリースリング、その味わいはなにが違うのでしょうか。
モーゼルに感じる”水っぽさ”
これは完全に私見なので、詳しい方に教えを請いたいくらいです。
ドイツワイン上級ケナー(※)の試験を受ける際に、この2か所のワインをブラインドテイスティングで当てられるようにとたくさん飲みました。
私の結論は、モーゼルのリースリングには、後味に若干の水っぽさ、味が詰まりきっていない感じがある。
ラインガウにはそれがない。
しかしそれは、安っぽいとか凝縮感が低いということではなく個性で、どちらがいいというものではない。
この水っぽさは、カビネットやシュペトレーゼクラスだけでなく、トロッケンベーレンアウスレーゼ(貴腐ワイン)でも感じました。
(※)ドイツワインケナーは「ドイツワイン通」を意味する資格で、一般社団法人日本ドイツワイン協会連合会が認定しています。
違いを生む理由
ではこの違いは何によって生まれるのか。
モーゼル川とライン川の川幅の差ではないか。
ライン川の方が川幅が広いので、太陽の照り返しが強く、ブドウがより多くの日照を得る。
だからラインガウのリースリングの方がより味がち密なのではないか。
私はそう推測します。
他にもラインガウの銘醸畑はほぼ真南を向いているのに対し、モーゼルは南東や南西向きにもいい畑が多いので、その違いもあるかもしれません。
もし心当たりや違った見解のある方は、コメント欄にご記入ください。
「私はそうは感じなかった」や「理由はそうじゃないよ」といった意見も歓迎です。
モーゼルに関するまとめ
モーゼル地方はドイツの西端、モーゼル川にそって蛇行して広がる銘醸地。
栽培されているブドウはリースリングが最も多く、粘板岩土壌から素晴らしいものがつくられる。
世界一高価な甘口白ワインから極辛口まで、多彩なワインが楽しめる。
もしあなたのモーゼルのイメージが、甘くて安っぽいワインだけであったらもったいない。
ぜひともモーゼルが生むリースリングの心地よさを体感してください。