プレスジュースとは、ブドウの粒を押しつぶして出てくる果汁のこと。
一般には、潰さずとも自然と流れでるフリーランジュースの方が高品質とされがちです。
しかし、ニュージーランドにプレスジュースの比率を上げることで、超高品質な赤ワインをつくる生産者がいます。
その技はまるでマジック!ニュージーランド随一のボルドーブレンドをつくる生産者、デスティニー・ベイをご紹介します。
デスティニー・ベイのラインナップ
ニュージーランドの首都オークランド近くの観光地、ワイヘケ島。
以前ご紹介したサム・ハロップの畑がある島です。
まずどんな生産者かを紹介する前に、ラインナップを紹介しましょう。
デスティニー・ベイは6haの畑から、わずか3種類の赤ワインのみをつくっています。
実はこの3種類、ブドウのグレードは全く同じなのです。
3種のワインの違い
3種のワインの違い。価格にどうして倍以上の差があるのか。
それはブレンドされるプレスジュースの比率です。
ブレンドされるブドウ比率はまちまちですが、それが価格に反映されているわけではありません。
プレスジュースはワインの量が必然的に少なく、それを多くブレンドしたワインは希少ゆえに高価に設定されているのです。
プレスジュースとは
プレスジュースとは冒頭で述べたとおり、ブドウを絞った果汁のことです。
デスティニー・ベイが作るのは赤ワインですので、赤ワインの作り方をおさらい。
アルコール発酵が終わった後、果汁と果皮・種とを分別するために圧搾工程があります。
まずはプレスせずに自然と流れ出る『フリーランジュース』
重力に従って、アルコール発酵を経た赤ワインの大部分がここで流れでます。
しかし、まだ果皮の近くや果肉の部分に、多くのワインが含まれています。
それも回収するため、プレス機にかけます。
そうして絞り出されるのがプレスジュースです。
一度絞った後は、果皮や種などのかすをもう一度ほぐして再びプレスします。
それを繰り返して、デスティニー・ベイでは3回目のプレスまでを使うそうです。
それらは別々に熟成され、その後目指す味を目指してブレンドされます。
プレスジュースの特徴
自然と流れ出るフリーランジュースは最も味わいが軽やかで繊細、透明感のある味わいです。
それ比べ、プレスジュースはより果皮近くの果肉部分からもジュースを絞れるので、より凝縮感のある味わいになります。
ですのでワインメーカーは、フリーラン・プレス双方を独自のオーク樽で熟成させて、瓶詰前の段階でブレンドするのがほとんどでしょう。
デスティニー・ベイでもそれを、「フリーランジュース」「1回目プレス」「2回目プレス」・・・という風に3回目までに分け、それぞれオーク樽で熟成しています。
プレスジュースの常識
フリーランジュースの方が、プレスジュースよりも上質とされるのが一般です。
プレスを重ねれば果皮近くのよりエキス分の詰まった果肉からワインを得ることができます。
一方で種が潰れてしまうリスクが高まります。
種の中には荒々しいタンニンや苦味のある油分が含まれています。
それがワインの『雑味』となってしまいます。
ピュアな果実の風味を求めるスパークリングワインなどは、フリーランジュースだけで作ったりもします。
しかしタンニンやボディ感が重要な赤ワインは、フリーランだけでつくることはほぼありません。
それでもプレスジュースによる過度に抽出された味は控え目にするのが流行です。
デスティニー・ベイの魔法
このデスティニー・ベイにおいては、トップキュベの『マグナ・プラミア』が最も多くのプレスジュースをブレンドします。
そうすれば確かに風味豊かになるでしょうが、雑な味になりかねません。
しかしマグナ・プラミアは完璧に整ったワインです。雑さなど感じません。
そしてその風味は圧倒的。
香りのボリューム、余韻の長さともに『デスティナイ』とは明確な差があります。
この奇抜な作り方でニュージーランド最高のボルドー・ブレンドをつくるので、『まるでマジック』なのです。
デスティニー・ベイを特別たらしめているもの
なぜデスティニー・ベイはプレスジュースを多く使っても雑味が出ないのか。
実はえぐみや苦味といったネガティブな要素は、1,2回目のプレスで全て出てしまうそうです。
なので3回目のプレスジュースは、フリーランよりも薄い色合いになるんだとか。
そう考えると、「デスティナイ」より「マグナ・プラミア」が上質な味わいなのには納得です。
理由のひとつはプレス機。
種をつぶさないように横型のプレス機をつかいます。
この筒の中にはバルーンがあり、それが膨らむことでプレスします。
割とメジャーなプレス機です。
そのバルーンを膨らませる速度は極めてゆっくり。
時間をかけてやさしくプレスするといいます。
それだけではありません。
完璧なジュースを支えているものは、『徹底的な選果』。
健全なブドウだけを発酵槽にいれて、プレスする。
雑味のないプレスジュースを得る最低条件です。
事実、デスティニー・ベイでは4回にもわたって選果を行うといいます。
そうやってタンクに入るブドウは、黒真珠のように輝いています。
(デスティニー・ベイのInstagramでその様子がご覧いただけます。)
価格差の理由
しかしプレスジュースは多くは取れません。
3回目のプレスジュースなど、発酵タンクの容量のごくごく一部。
なので『マグナ・プラミア』は『デスティナイ』の1/3ほどの数しか作ることができず、価格が3倍以上に設定されているのです。
プレスジュースを多く使いながら、完璧なバランスの美しいワインをつくる。
魔法のようなワインづくりを行う、デスティニー・ベイはどんな生産者なのか、気になりませんか?
デスティニー・ベイの紹介
デスティニー・ベイのオーナーはマイク(マイケル)とアンのスプラット夫妻。
もともとはカリフォルニアの大手会計会社、IT企業で働いていた二人。
「脱サラしてワインづくりを」というのは別段珍しいことではありませんが、二人のこだわりとセンスは他を隔絶していました。
デスティニー・ベイの誕生まで
カリフォルニアで忙しない生活を送っていたスプラット夫妻は、1998年4週間の休暇をとってニュージーランドを訪れます。
二人はそのとき、ニュージーランドの土地、気候、生活にすっかり魅入られてしまったのです。
そこにはアメリカの1950年代があった
二人はそう語ります。
帰りの飛行機の中で、二人の第二の人生へ向けた準備が始まりつつありました。
2度目の旅で出会ったワイヘケ島
この地はパラダイスだ!
なぜこの土地がまだ手付かずなのだろう
友人のすすめでワイヘケ島を訪れた二人は、その地の自然にただただ感動し、移り住むことを決意します。
ワインづくりを学ぶ
最初は「自分たちの飲むワインが作れたらいいね」くらいの気持ちだったと言いますが、自分たちの飲むワインの要求レベルが高すぎませんかね。
アン・スプラット氏はもともと微生物学と生物化学の学位を持っており、ワインづくりを志してからブドウ樹成育学とワイン学の学士号をカリフォルニア大学UCデイビス校で取得。
オークランド大学でワイン科学の修士号を取得します。
ワインづくりに関わる科学的なサポートが彼女のデスティニー・ベイでの役割です。
そして醸造家として最重要人物たるショーン・スプラット氏。夫妻の息子です。
彼もカリフォルニア大学UCデイビス校でワイン科学の修士号を取得し、オークランド大学で味覚・知覚のトレーニングを受けます。
ちなみに両校ともワインに関する研究と育成で世界的に有名な大学です。
成功の秘訣は情熱
脱サラしてワインづくりをするなら、もっと簡単な道はいくらでもあります。
既にある程度のワインをつくっているワイナリーを買収する。
ワイナリーを設立するにしても、腕のいい醸造家を雇用したり有名なコンサルタントを招聘する。
しかしプラット夫妻は自らの手で一から始めることを選びます。
二人の情熱を形にするには、先述の簡単な道では役不足だったのです。
『デスティニー・ベイのワインの魂は、いつもワイナリーで働く人々の情熱の中にある』
理想的なテロワール
二人が選んだこの地も、実はワインの神に祝福された土地でした。
円形闘技場のようになったワイナリーのまわりに広がる畑。
傾斜30度の斜面が、豊かな日照と水はけに繋がります。
雨は少なく低い湿度が、農薬に頼らない栽培を助けます。
夏は暑いものの、海からの冷たい風が厚さを和らげる、理想的な環境なのです。
2億2千万年前の地層
デスティニー・ベイの畑を1mほど掘ると、2億2千万年前の地層が顔を出します。
エオリア堆積物なるものから成る風成層と呼ばれる土壌で、季節の変化に応じて割れたり縮小したり膨張したりを繰り返すと言います。
この厳しい土地が、ブドウの樹に試練を与え、特徴的な風味と味わいの骨格を生み出すと考えています。
デスティニー・ベイの評価
新世界のワインが高い評価を受けた事例として、『パリスの審判』(別名:パリ・テイスティング事件)はあまりに有名です。
それを彷彿させる出来事が、2017年にオーストラリアのマーガレットリヴァーで起こりました。
ケープ・メンテルの審判
カベルネ・ブレンドの頂点を決めるべく行われたそのブラインドテイスティング。
この地のアイコン的なワイナリーである、ケープ・メンテルが1982年から毎年開催しています。
マスター・オブ・ワインの推薦を受けて審査対象となったワインは20種類。
それを3つのグループに分けて審査します。
デスティニー・ベイからは、『マグナ・プラミア2013』が出品されました。
そこでジョー・ザウィンスキー氏(ワイン・アドヴォケイト誌の編集局長)がジャッジしたグループにおいて、マグナ・プラミアが1位を獲得したのです。
そこでシャトー・ラ・ミッション・オーブリオン2013、スポッツウッド・カベルネ・ソーヴィニヨン2013、ヴァス・フェリックスのトム・キャリー2013などの有名ワインを凌いでの獲得でした。
ニール・マーティンの評価
元ワイン・アドヴォケイト誌のライターにして、現ヴィノスのシニア・エディターであるニール・マーティン氏はこう語ります。
「デスティニー・ベイのマグナ・プラミアは、大いに探し当てる価値のあるワインである。(中略)”ビロードのグローブの中にある鉄の拳”という表現を想起させる」
KATAYAMA
この「ビロードのグローブの中にある鉄の拳」という表現は、ナパ・ヴァレーのスタッグス・リープ・ディストリクトでつくられるワインに使われる表現ですね。暖かい年のデスティニーベイと飲み比べてみるのも面白そうです。
ジェラール・バッセの評価
マスター・ソムリエでありマスター・オブ・ワインの称号を持ち、2010年世界ソムリエコンクールで優勝した経歴を持つジェラール・バッセ氏はこう語ります。
「もしブラインドで飲んだら、マグナ・プラミアをボルドー左岸の5大シャトーのワイン、もしくはイタリアのトップレベルのスーパータスカンと答えたかもしれない。偉大なワインであり美しい」
ボブ・キャンベルの評価
ニュージーランド初のマスター・オブ・ワインであり、「The Wine Gallery」というワイン学校の設立者であるボブ・キャンベル氏はこう語ります。
「非常に感動したワインで、今まで飲んできたニュージーランドのカベルネ・ブレンドの中で最高のものだ」
世界が探し求めるボルドーブレンド
6haの土地からつくられるデスティニー・ベイの生産量は、豊作な年で年間2000ケースほど。
1200ケースほどのときもあります。
その本数に世界が飛びつくので、日本への割り当てはごくわずか。
幸か不幸か日本での知名度はまだまだなので、輸入元さまの倉庫には他のヴィンテージを含めて在庫がございますが、それでもせいぜい数ケース単位です。
プレスジュースのブレンド比率で驚くほどの違いを生むという珍しいコンセプト。
そしてこの高い評価を受けるデスティニー・ベイ。
カリフォルニア好き、ボルドー好きが集まるワイン会に、デスティニー・ベイで殴り込みをかけてみてはいかがでしょうか。