地元のお客様が好む味わいのワインを、毎年作り続ける。
その哲学は、近年評価の高い生産者の「テロワールを表現する」とは相反するものです。
評論家に相手にされなくても、昔から買ってくれる消費者をいつも満足させ、たくさんのワインを売りさばく。
ベルンハルト・コッホのモットーは、「ワインは消費者と造る」だといいます。
地元の人に愛されるベルンハルト・コッホ
ベルンハルト・コッホ醸造所は、現当主であるベルンハルト氏の代で畑面積が5haから50haにまで急成長を遂げました。
それに従いワインの生産量も年間50万本まで拡大。家族経営の生産者としてはなかなかの規模です。
この醸造所の特筆すべき点は、生産量の75%を個人客が購入していることです。
個人客を大切にする大変さ
年間50万本の生産量のうち、先述のとおり75%が個人向け。21%が国内のレストランへ出荷しており、輸出するのはわずか4%で日本向けのみだといいます。
2023年2月現在、ベルンハルト・コッホはワインアドヴォケイトの評価が1件もありません。アメリカに一切流通していないのであれば、さもありなん。
地元の人に年間およそ38万本も買い続けてもらうのは、そう簡単ではありません。
ワインの味はまずブドウ品種と産地で決まります。ベルンハルト・コッホのあるファルツには、当然よく似たワインがたくさん販売されています。
その中から選ばれ続けなければならない。
輸出するなら各国のインポーターとそれぞれ交渉すればいい。1社と交渉すれば何千本・何万本単位で買ってくれます。
醸造所の直営ショップで販売するなら、一般の顧客が買うならせいぜい数十本でしょう。販売スタッフを雇って一人ずつ対応しなければならない。仮に一人が3ケース買ってくれたとしても、1万人以上の個人客に販売している計算です。
彼がこれほど直接販売を重視するのには訳があります。
ベルンハルト・コッホのモットー
「このワイン、消費者は喜んでくれるだろうか」
これを大事にワインをつくっているのは、ワイン生産者として決して当たり前ではありません。
ワインメーカーがワインの味わいに与える影響は大きいです。素晴らしいワインをつくりあげるためには、何かしらの哲学・目標を持っているはずです。
「その土地らしい味わいを表現する」
「なるべく人の手を加えず、ブドウに任せる」
「自分が、オーナーが美味しいと考えるスタイルのワインに寄せていく」
決して厳密に分類できるものではありませんが、「お客様が求める味をつくる」というモットーを掲げているところは私の知る限り少ないです。
(それを目標としなくても、結果的に消費者が美味しいと感じるワインをつくっているから、我々の手元にワインが届くのです。この哲学について是非を論じる意図はありません)
理想を実現する3つの柱
「消費者の求める味のワインを」
それが理想論で終わらないために、ベルンハルト・コッホでは次の3つの柱に注力しています。
(1)いろいろな好みのお客様に対応できるラインナップ
(2)地元の人が喜ぶ味わいが毎年変わらないこと
(3)次世代の醸造家の育成
需要に応える多様なラインナップ
「コッホのワインの中から、どれか一つでもお気に入りとなるワインがあるように」
ベルンハルト・コッホでは非常に多様な品種・多種類なワインを手掛けています。それは多くの人の好みにあわせられるように。
同じ品種だったとしても価格や細かな味わいのバランスが違うものを作り分けています。
ドイツの中ではバーデン地方に次ぐレベルで暖かいファルツ地方。ドイツの土着品種のみならず、様々な国際品種が栽培できます。
最近ドイツで栽培が増えているシャルドネやソーヴィニヨン・ブランばかりか、メルローやカベルネ・ソーヴィニヨンまで。ドイツ固有の品種としては、ゲルバー・ムスカテラーやショイレーベなどは、初めて目にする方も多いでしょう。
さすがに輸入元の稲葉さんも全部は扱いきれません。それでも2023年2月時点で22種類。全てそろえてもなかなか売り分けができませんので、当店では6種類に厳選させていただいております。
毎年同じ美味しさを実現する「ベルンハルト方程式」
ベルンハルト・コッホがつくるワインの味わいは、醸造所にワインを買いに来る地元客との対話で作り上げられています。
その中には「ヴィンテージによらず美味しいと思ってもらえる味わいに仕上げる」ということも含まれます。
ドイツの中では温暖とはいえ、世界的には冷涼産地になるファルツ地方。寒い地域は「天候不良でブドウが十分熟さない」ということがあるので、一般にワインのヴィンテージ差は大きい傾向にあります。
ワイン愛好家はそのヴィンテージの特徴が現れることに喜びを見出したりしますが、一般の方はそうではありません。むしろお気に入りの銘柄はいつ買っても同じ美味しさであることを望みます。コッホはそれに応えようとしているのです。
このワインはアルコール〇%で残糖値●g/L、酸度◆g/L程度が理想
40年の経験にもとづいて、ベルンハルト氏の中には「美味しいと思ってもらえるワインの方程式」があるといいます。
だからその年が暑くても寒くても、決まった味になるように醸造テクニックで調整するのです。
だから酸が高いって言っただろ!
醸造技術の中にはワインの味わいを意図的に変えるものもあります。有名なのはブドウが未熟な際に行う、アルコール度数を上げるための補糖です。
酸度を落とす方法もあります。でも好きなように数値をいじれるわけではなく、元の状態からあまりに大きく減酸すると風味に影響が出てしまいます。石鹸みたいな風味のワインになるんだとか。だから醸造家としては、なるべくもとの風味を崩さず飲んでもらいたい。故にサンプルをたくさん作りながら慎重に行います。
ある寒くてワインの酸味が高かった年。「ベルンハルトの方程式には外れるけれど、これ以上は酸を落とせない」というラインで瓶詰したそうです。しかしいつもコッホのワインを飲んでいる消費者は敏感に反応し、「酸が高くて今年は飲めない」と言われてしまったとか。
ベルンハルト氏は激怒してセラーに怒鳴り込んできたといいます。
この先数百年続けるための若手育成
ベルンハルトは現在65歳。「自分が引退したあとも、地元の人がコッホのワインを買い続けてくれるように」
その想いで若手醸造家の育成にも注力しているそうです。
息子のアレクサンダー氏とコンスタンティン氏。2人はファルツの若手生産者として、トップ20に選ばれ続けているといいます。
35歳以下のワインメーカーが、品種ごとに得点を競うコンテスト、「Die jung Pfalz2018」。このコンテストで総合優勝とピノ・ノワールのトップ評価を獲得したそうです。
育成される若手の一人、坂田さん
ベルンハルトの下で醸造技術を磨く若手醸造家の一人が、兵庫県出身の坂田千恵さんです。
先述のようにベルンハルト・コッホの哲学をこうして詳しく皆様にご紹介できるのは、坂田さんから伝え聞くから。
言語の壁があるなかで、日本人がワイン造りの重要なポジションを任せてもらうのは、簡単ではありません。しかし坂田さんは「ケラーマイスター」と呼ばれる重責を担っているといいます。きっと彼女の能力と勤勉さで信頼を獲得したからでしょう。
飲み手の声を聴き続けて40年 長く愛されるワイン
ドイツワイン全体で見たとき、ベルンハルト・コッホのワインは酸味が穏やかな傾向にあります。
もちろんこれだけではありませんが、「飲み続けても疲れない酸味」というのは、ベルンハルト方程式の重要なポイントでしょう。
40年の歳月、お客様とともにワインを作り上げていった結果です。
その哲学が現れたベルンハルト・コッホのワインをご紹介します。
ずっと変わらぬ我が家の晩酌ワイン
このワインはやや大ぶりな1Lボトル。なのでぜひ販売価格は3/4で考えてください。お手頃でしょ?
ドイツでは家庭消費用にはこの1Lボトルがメジャーだといいます。瓶の肩のあたりが太いだけで、実はスパークリングワインのボトルよりも背が低いし太さもやや細くて、取り回しは750mlボトルと変わりません。
「ジルヴァーナー」という品種は、そんなに香りは派手じゃありません。だから一口飲んで「わ!おいしい!」っていうワインじゃない。「今日はまあ、これでいっか」と開けて、その割に気づいたら何杯もお代わりしている。そんな飲み口の軽さが魅力のワインです。
料理の邪魔をしない味わい。リピートしやすい価格。我が家の定番ワインとして有力候補です!
幼馴染の要望に応える白ワイン
ベルンハルト氏の幼馴染のツォラー氏。相性「Z ツェット」。
このリースリングは彼のためにつくられたものだといいます。
ツェット氏は無類の辛口好き。
ドイツの「辛口リースリング」は、辛口といっても4~9g/L程度にほんの少し甘味を残すものが主流です。
ツェット氏は、「甘さでごまかさなくていい。俺は本当の辛口が飲みたいんだ!」と要望。
ベルンハルト氏としては「多くの人に好まれる味ではない」という判断だったそうですが、「どうなっても知らないぞ?」とその要望に応えたといいます。
このワイン、通好みの味です。酸フェチである筆者片山も好きですし、知り合いのソムリエさん(ミネラル好き)も好きだと言ってました。
ベルンハルト・コッホの他のワインがあまりピンとこない方こそ、このワインにハマる可能性があります。
「幅広いラインナップ」の意図のあらわれです。
ピノ・ノワールとシュペートブルグンダー
「シュペートブルグンダー」というのはピノ・ノワールのシノニム、つまり別名です。だからどちらの名前を表記してもいいのですが、ベルンハルト・コッホではこの2つの名前を使い分けています。
「シュペートブルグンダー」表記ならば、ドイツスタイル。熟成はオーク樽感控えめで軽やか。普段飲み用の親しみやすい雰囲気に仕上げています。
「ピノ・ノワール」表記ならばブルゴーニュスタイル。ものによっては新樽で熟成を行い、よりしっかり樽の風味を効かせて仕上げます。
コッホの中では上級のものを「ピノ・ノワール」、何度も飲んでほしい日常使いのものを「シュペートブルグンダー」と表記しているそうです。
新しいもの好きも飽きさせない珍しい品種
同じワインを飲み続ける人ばかりではありません。いろいろな種類のワインを飲むことに喜びを見出す人も多いです。
その点でいえば、ヴィンテージの違いが現れないようにつくるベルンハルト・コッホのワインは不利。たとえ味を気に入ってもらったとしても、あまり頻繁にリピートはしてもらえないでしょう。
そこでコッホが多様な品種を栽培していることが活きてきます。だって「ショイレーベ」や「カベルネ・ドルサ」なんて、ドイツワインを勉強している人でないとなかなか飲んだことないでしょうから。
これらを飲まずに、「コッホのワインは飽きた」なんて言わせません!
ワインオタクではなく地元の一般消費者を大事に
ワイン生産国だからといって、皆がワインをつくっているわけでも、皆がワインに詳しいわけでもありません。
大多数の人は他の仕事に就き、日々のお酒の一つとしてワインを飲んでいます。ただ、輸送費がない分だけ日本よりはずっと安く、身近なお酒であるのは確かでしょう。
きっと我々が大手メーカーの缶ビールでもそれぞれ好みがあるように、「我が家のワインは週末に●●のワイナリーで買っている」というお気に入りがあるはず。
ベルンハルト・コッホは、とってもたくさんの地元の人にそのお気に入りに選んでもらえたおかげで、一代で急成長しました。
一部のこだわりの強いワイン愛好家ではなく、あくまで一般の消費者に向き合ってきた結果といえるでしょう。
一度お気に入りを見つけたら、この先何年もずっと美味しい。コッホのワインからあなたの家の定番ワインを見つけませんか?