シャンパーニュ地方のウォッシュチーズ「ラングル」にはシャンパンがあいますが、なんでもいいわけではありません。
チーズは基本ワインにあいませんが、中にはピッタリのものもあります。
チーズの種類ごとに、あわせるワインの考え方はそれぞれ。
今回はウォッシュチーズの一つであるラングルをとりあげます。
ワインの販売者として「あわない」
ワインにあう食べ物として多くの方が真っ先に思い浮かべるのがチーズでしょう。
その共通認識に反して、チーズはワインに基本あいません。
そう主張する理由を、ワイン販売者の立場からご説明します。
我々はワインを楽しんでもらいたい
「ワインって美味しい」「いろいろ種類があってそれぞれ味が違って面白い」「高いワインはやっぱり期待に応えてくれる」
そのようにワインを楽しんでもらうことが、我々ワインを販売する者の願いです。
だってその方が「またワイン飲みたい」と思ってもらえますから。
そうして売り上げが立って、給料もらえているわけです。
だからこそいかに「美味しく感じてもらえるか」「違いを感じてもらえるか」が大切です。
チーズは違いを感じにくくさせる
チーズの乳脂肪分は、味わいを感じる舌のザラザラである「味蕾」をマスクしてしまいます。
それゆえチーズを食べるとワインの味わいの違いを感じ取りづらくなります。
極端な話、チーズの乳脂肪に覆われた舌では、2000円のワインと5000円のワインの違いはあまり感じません。
同じ美味しさなら安い方を
世の中には使い切れないお金を持っている方もおられますが、圧倒的大多数の方は限られた予算の中でワインを楽しんでおられます。
だから同程度の「美味しい」という満足が得られるのであれば、ワインは安い方がありがたい。
ワインだけで飲めば、如実に感じられる価格による味わいの差。
それがチーズによって差が小さくなるとしたら。
ワイン販売者である私がチーズをおすすめしないのも納得いただけるでしょう。
純粋にワインを不味くすることが多い
チーズといっしょにワインを飲むのがだいたい美味しいのであれば、それをおすすめしないのはお客様にとって不利益です。
でも相性の良くないチーズとワインの組み合わせは、純粋に不味いです。チーズもワインも台無しになり、「もったいない」と感じます。そしてそんな組み合わせの方が圧倒的に多いです。
チーズのあとにワインを飲んだら、ワインが酸っぱく感じる。
ワインの味わいに喉に刺さるようなとげとげしさを感じる。
チーズの旨味があまり感じられない。
チーズの臭みだけが残る。
ワインの味が強すぎて、高級チーズの価値がない
こうはならない、美味しい組み合わせもたくさんあります。
でも数で比較するなら、残念な組み合わせの方が圧倒的に多いです。
圧倒的な”あう”
一方でピッタリとあう組み合わせは、感動的です。
人による好みとか思い込みとかいう次元ではありません。異論を許さないほど美味しい。だけどその組み合わせを再現するのは、非常にシビアです。
ワインと料理の組み合わせでいうなら、レストランのプロの料理と家庭料理では、相性が異なることも多々あります。
たとえあなたが料理の腕が良くても、レストランでしか仕入れられない食材というものもあるでしょう。
だからレストランで体験したピッタリのペアリングを再現することは難しいです。
その点チーズとワインは再現しやすいです。
ヴィンテージの差こそあれ、ワインはネットで探せば取り寄せられます。チーズは百貨店のチーズ売り場を数件ハシゴすれば、結構な種類のチーズが手に入ります。
圧倒的な”あう”をご家庭でも楽しみやすいのです。
シリーズとしてご紹介している「チーズとワイン」。実際に試したものを中心に、頭のなかでの組み合わせはそうと分かるように表記してお話しております。
ウォッシュチーズとは
ウォッシュチーズはナチュラルチーズの1種です。熟成の際に外皮を水やお酒で洗うのが特徴。そのためカビは生えませんが表面にリネンス菌が繁殖し、その菌がタンパク質を分解することで旨味をもたらします。熟成は4~8週間くらい。
外皮の部分はオレンジがかった色合いになるものも多く、中はつややかな質感で、熟成が進むと常温でもとろっとした状態になります。
ウォッシュチーズは高級品?
ウォッシュチーズにはジェネリックチーズと言いますか、量産される低価格なタイプがあまり流通していません。
全てがAOP/DOPの認証を受けたブランドチーズ、というわけではありませんが、生産地と製法が紐づけられた銘柄が多いのも事実です。
その理由の一つは匂いのクセでしょう。ナチュラルチーズの中でブルーチーズと並んでクセの強いウォッシュチーズ。どうしても好き嫌いは分かれます。文献によれば「玄人向けの味わい」なんて書かれているものも。
安価にチーズを販売するためには大量生産が必要。そのうえで賞味期限が短めなうえに好き嫌いの分かれるものは扱いにくいのです。
ゆえにウォッシュチーズを味わおうと思ったら、一塊1000円は必要。平気で3000円いくって印象です。
ブルーチーズやハードチーズはグラム単価は高くても、カットして販売されているものが多いです。だから少量なら手ごろだったりします。
でもウォッシュチーズは200~400gくらいの小さなものが多いです。まるごと販売されがちなので、1ポーションの価格が結構高かったりします。
ウォッシュチーズの外皮は食べる?
ウォッシュチーズの外側の固くなっているところは、食べても害はありません。
ただしウォッシュチーズの臭いのもとは、リネンス菌が繁殖しているその外皮です。だから外皮をとってしまえば、匂いはずいぶんマイルドになります。
チーズの臭いが好きな方はそのまま。気になるようなら外して食べるといいでしょう。
代表的なウォッシュチーズ
チーズ好きで臭さにも耐性のある方に試してもらいたいウォッシュチーズが「エポワスAOP」です。
エポワスは蒸留酒である「マール・ド・ブルゴーニュ」と塩水で洗ってつくります。オレンジ色の表皮を持ち、中はとろっとした質感。強烈に臭いです。
もしワインとあわせるなら、熟成香が出始めたブルゴーニュのピノ・ノワール。ジュヴレ・シャンベルタンやポマールなどの村名クラス以上。若いものではどこかチグハグになると予想します。
エポワスは1個4000~5000円します。ワインとあわせると1.5万円は超えていくでしょう。うわ~贅沢・・・
「マンステールAOP」はアルザス地方のチーズで、塩水で洗って作ります。
同地方のゲヴュルツトラミネールと好相性だと言われています。半甘口~甘口のものがいいでしょう。
「モン・ドールAOP」はフランスのスイス国境付近でつくられるチーズです。
製造時期は8月15日~3月15日、販売時期は9月10日~5月10日と決められているのが特徴。だからチーズ屋さんなどでは「モン・ドール入荷しました!」の案内をよく見かけるのです。
塩水で洗ってつくるチーズで、匂いのクセは比較的おだやか。ウォッシュチーズ初心者にもおすすめです。
「ラングルAOP」はシャンパーニュ地方のチーズ。円形のチーズで真ん中が少し窪んでいるのが特徴です。その窪みにマール・ド・シャンパーニュを注いで楽しむのが通の楽しみ方なんだとか。
小型のものは150~250gくらいの小さな塊なので、ウォッシュチーズの中ではまだ手が出しやすい方です。
イタリアのピエモンテ州、ロンバルディア州、ヴェネト州でつくられるのウォッシュチーズの一つが「タレッジョDOP」。
ウォッシュチーズとしては珍しい平たい正方形に成形されます。塩水で洗って作られるチーズで、風味は比較的穏やか。今回挙げたものの中では最もグラム単価が安いです。
「故郷をあわせる」がやりやすいウォッシュチーズ
ウォッシュチーズは先述のとおり、手ごろなものが少なく流通しているものの多くが原産地呼称認定のブランドチーズです。
だからチーズの名前と産地と製法が紐づけられています。そのいいところはあわせるワインを探しやすいところ。
エポワスならブルゴーニュのワイン。ラングルならシャンパンといったように。
「故郷をあわせる」がやりやすいのがウォッシュチーズの特徴です。
ウォッシュチーズを楽しむ際の注意点
ウォッシュチーズを楽しむときは、他のチーズに増して温度に気をつけてください。冷やしすぎ厳禁。
熟成具合がちょうどよく食べごろのウォッシュチーズは、外皮の近くからとろっとした質感になってきます。まるでチーズフォンデュのようですが、熱くないんです。
なめらかクリーミーな食感は冷蔵庫の温度では楽しめません。食べる30分~1時間前に冷蔵庫から出して、室温にもどしてからお楽しみください。
ウォッシュチーズのアレンジ
ウォッシュチーズはその質感から、熱くないチーズフォンデュのようにして食べるのもおすすめです。
ボイルした野菜やパン、ソーセージなど。食べごろのウォッシュチーズの外皮を開いて、ディップして食べるのがこの上ない贅沢です。
ラングルにあうワイン/あわないワイン
ラングルはシャンパーニュ地方のチーズなので、シャンパンにあうのは予想できます。
しかし一口にシャンパンといってもいろいろなタイプがあります。今回はシャルドネ100%のものと黒ブドウ100%のものを比較しました。
「シャンパンにあう」なら「スパークリングワインではだめなの?」そう疑問に思いませんか?
今回はシャルドネ主体のスパークリングワインもあわせて検証してみました。
【Good】ラングルにあう黒ブドウのシャンパン
ムニエ主体にピノ・ノワールをブレンドしたブラン・ド・ノワールのシャンパン。そのためか香りにはベリー系果実のニュアンスを強く感じます。
黒ブドウ主体のシャンパンはいくつもある中でこの1本を選んだ理由は、まあぶっちゃけ値段です。安定供給される銘柄の中で安いから。しかしながらブドウの質の低さを思わせるえぐみはありませんし、凝縮感も十分。わずかな熟成感や旨味を感じる、良くできたシャンパンです。
この旨味を伴うベリー系の果実感が、ラングルを食べたときの塩味と旨味から全く違和感なくつながります。
食べごろのウォッシュチーズのなめらかさ。それがシャンパンの泡感のなめらかさにピッタリとつながるイメージ。
正直、シャンパンの風味のいくつかは消してしまっているかもしれません。それにラングルの臭みを中和するので、「表皮のあの臭いがいいんだ」という人には物足りなくなるかも。
しかし単独で食べる・飲むのとは別種の美味しさが生まれていることは確か。1+1が2以上になっていると言えるでしょう。
【Not Bad】ラングルにあわなくもないシャルドネのシャンパン
このシャンパンとあわせたときは、致命的に悪くはないのですが、1+1が1.4くらい。決して理想的とは言えず、上記の「ルアレ・デボルド」と比べると明らかに劣る組み合わせでした。
価格差の通り、ワイン単独ではこちらの方に軍配が上がるでしょう。タイプが違うので単純な比較はできませんが、長期の瓶内2次発酵による酵母の旨味と上品でミネラル感を伴う酸味はかなりレベルが高いです。
ただしラングルとの相性はイマイチ。
「あわしちゃダメ!」と言い切れるほど悪くはないのですが、特に酸味がフィットしていません。チーズとワインの旨味が同調している感触はあるのですが、全体としてはミスマッチと言えます。
【Bad】ラングルにあわないシャルドネ主体のスパークリングワイン
シャンパンじゃなくてスパークリングワインをあわせたらどうなるのか。
「サンタンドレにあうワイン」の回であつかった「ベラヴィスタ」をあわせてみました。
これが見事に不味いんです!
シャルドネ主体ということで、風味の傾向が「ルアレ・デボルド」とは反対。さらに瓶内2次発酵の旨味もあまり感じないタイプです。
風味がケンカをしているのか、ラングルの臭みばかりが目立ちます。なめらかさもうまくつながっていません。
これは明らかに1+1が1以下です。
【Not Good】ラングルにあまりあわないバローロ
「ラングルにはしっかりめの赤ワインがあう」という情報を得て、バローロで試してみました。
バローロが「しっかりめの赤ワイン」として適しているかはさておき。
結果としてはそう悪くはないけど、もう一度はやらない、といったところ。
ウォッシュチーズの外皮を外して中の部分だけであわせると、決して不味いわけではない。チーズのなめらかさがワインにうまくつながって、果実味と言いたくなるような甘いニュアンスを感じます。ただ、外皮も食べてしまうとチーズの臭さが余韻に残ります。
そしてバローロならではの渋みと上品さを殺してしまっています。
「ワインを開けてみて、渋すぎて飲めないからチーズをあわせる」ならまだわかります。でもそもそも適切な渋みのワインを選べば、そんな必要はありません。それにわざわざ高価なラングルを選ばなくても、もっと安いチーズで十分でしょう。
考察 ラングルにあうワイン
今回は定説通りラングルにはシャンパンがあうという結論でした。しかしなんでもいいわけではなく、黒ブドウ主体で熟成感がある程度あるものが良さそうです。
今回の「ルアレ・デボルド」に関しては、よくあってはいますがきっとベストではないように感じました。もう少しブドウの質が高く余韻が続くものの方が、ラングルの旨味感を活かせるでしょう。一方で必ずしも黒ブドウ100%という必要はなく、少量シャルドネが入っていても問題ないと推測します。
フランチャコルタがここまであわないのは予想外でした。
白い花や柑橘のような繊細な風味が、ラングルには極めてミスマッチだったのでしょうか。果実味の凝縮度や酸度、甘さといった要素は、今回シャンパンと比べてそう違いはないはずです。
ラングルにワインをあわせるには、ワインの側にも旨味が必要そうです。
友人をあっと言わせるウォッシュチーズ
シャンパンは食前酒。つまり料理を食べながらではなく、食事前にワインだけで楽しまれることの多いお酒です。
かといってワインだけ飲んでいると、ちょっと何かつまみたくなるもの。そのちょっとにチーズは用意しやすい。
例えば休日に気の置けない仲間と16時くらいから自分の家に集まる。
友人の一人がシャンパンと一緒にラングル、それから載せて食べるためのクラッカーを持ってきてくれたら。
もしあなたがウォッシュチーズというものを良く知らなければ、きっと「こいつスゲーな。よくこんな組み合わせ知っているな」となるでしょう。
裏を返せば、あなたが友人宅にお邪魔する際の手土産にしたら、『マリアージュ体験』をプレゼントできるというわけです。
決して手ごろに楽しめるとは申しません。
でもお金さえ出せば失敗が少ないのが、チーズとそれにピッタリのワインです。
まるでレストランのような贅沢な組み合わせを、ご家庭で実践してみませんか?